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第55話 先生といっしょ



 フレーベル大峡谷の崖の合間。


「なぜここにいる、小僧。自分の立場がわからぬ馬鹿ではあるまい。ラキに唆されたか?」


 ぼくはいま、鬼の擬人化に首をがっつり

掴まれ、壁ドンならぬ崖ドンをされています。

 

「ええと……っ」


「おまえの軽率な挙動が周りの人間を巻き込み、簡単に殺してしまうことが、まだ理解できないか?」


「先生に報告したいことがあって! ぼく、ラキと婚約しました! チューもしました!」


「……なん、だと?」 


 先生は、指揮杖を落とした。

 硬い岩に当たってカツンと鳴って転がる。


 話を逸らすためとはいえ、とっさに何を言ってるんだ、ぼくは!


「聞いていないのか、ラキは……」


「聞いたよ。王さまの人質で後宮に行くって。

 ぼくはラキが好きだから、ラキが王さまを暗殺しに行くのは反対だ。ラキを止められるなら、なんでもするよ。

 あと、先生の顔が見たくなったっていうか、ラキが先生のことを心配してたし!?」


 雷霆ジェネリックの件は、まだ内緒にしておきたい。


 先生に止められたら、エギルやミスリルは、協力してくれなくなるかもしれない。


 先生が片膝をついた。

 そんなにショックだったのかと顔を見ると、先生の肌はいつにも増して蒼白で、よく見ると唇の端に血が少しついている。


 先生の体から、また黒い霧みたいなのが少しだけ出ていた。


「『呪いの琥珀』、また飲まされたの?」


 ぼくが聞くと、先生は少し目を見開いた。


「どこまで知った?」

「樹霊狩りの怨念が濃縮して、精霊女王の琥珀になることは知ってる」


 ぼくは先生の首に手を当てて、意識を集中させた。


「完全回復《クラ・プレーナ》!」 


 ぼくの手を通して先生の体から金色の光が溢れる。


「……無駄だ。この呪毒には聖属性は……」


 ぼくは、さらに魔力を流す。

 樹霊の力が、ぼくの中で出所を失くして有り余ってる。指先に集中して治癒の力と一緒に流せば、隷属の首輪も反応しない!


 先生の顔色が良くなってきた。

 治癒力を邪魔してた呪いが、先生の体内でほぐれていく感覚がある。


「……どこで覚えた、そんな合わせ技」


「感心した? 夢の中で練習したら、使えるようになったんだ。『完全回復』」


「昔のことは、何も思い出さないか?」

「えっ? うん、特に珍しいことは……」


 不意に先生が、ぼくの胸を凝視した。


「えっち! ジロジロ見ないでよ!」


「思い出さないなら、それでいい。……胸に何を詰めてる、武器か?」


「あっ、オレンジだよ、おやつにもなるし。2個あるんだ。先生も食べる?」

「そんな人肌に温まったものが食えるか、気持ち悪い……」

「意外と美味しいよ! ほら!」


 ぼくはオレンジのひとつを剥いて食べながら、先生の口にもひと房突っ込んだ。


 完全回復したけど、弱ってるのは本当みたいだ。避けきれなくて、嫌そうな顔をしながら食べたよ。


「はい、先生。もう少し休んでから、これもあとで食べてね。ごはん、ちゃんと食べないと、ぼくみたいに背が伸びなくなっちゃうよ」


 ぼくの胸で温まったもうひとつのオレンジと、エギルがくれたパンを持たせる。

 先生は抵抗せずに受け取った。



             *


「……なあ、あの崖の上にいるの、団長?」

「えっ、なに、どこ!?」

「ピンク髪のポニテといちゃついてるの……」

「まさか、他人の空似……嘘だろ!?」

「壁ドン! いや、崖ドン!?」

「うそ、あの鬼が!?」

「ほんとだ、団長さんっ!」

「えっ、誰あれ、相手の子。遠目で見てもめちゃ可愛いんですけど!」

「絶世の美少女じゃん!!」

「ラキさんじゃないよな、可愛いけど、どっかで見たことあるかも……?」

「そういや、俺も?」

「何あれ!?」

「なんかめっちゃ金色の光、出てない!?」

「えっ、なにあの光、聖女クラスじゃん!?」

「あっ!?」 

「えっ!?」 

「「「「「「「「「「「「「あーんした!!」」」」」」」」」」」」」

 

 ぼくは先生のことが心配で、崖下で演習してる団員たちが騒いでる声なんか、まったく聞こえてなかった。


             *


「べべ! おまえ、何しに来てんだよ!?」

「そうだぞ、ただでさえ見つかったらヤバイのに、あんな悪目立ちしやがって!」


 セイルとオービスが、崖を登ってきた!


 すごいな! 鉤つきのロープ1本引っかけて、飛んできたよ!


「あっ、セイルとオービス。訓練お疲れさま!

 一緒におやつどう?」


 ぼくがパンの袋を差し出すと、

「おまえなぁ、ピクニックじゃないんだぞ?」 

と言いつつ、セイルが手を伸ばす。


「見ろよ、あれ」

 オービスが崖の下を指差す。


 演習してた人たちが動きを止めて、こっちを注視してる。

 

「えっ、ぼく、何か問題起こした感じ?」

「むしろ起こしてない時がないだろ。なんで来たんだ、王に殺されかけたばかりだぞ!?」


 オービスにほっぺをつままれた!

「いひゃい、ゴエンナハイ!」


「まあ、来ちゃったもんは仕方ないけど、それ以上は絶対に目立つなよ!?」


 セイルがそう言った直後。

 空が紫に光った。


ドォォオオオン!!

 

 凄まじい爆発音。

 地震みたいな震動が立て続けに起こった。


「なんだ、いまの紫の雷撃!?」

「悪い予感しかしないな。またおまえか!?」


「えっ、ぼくじゃないよ! ラキに取られちゃったんだ、雷霆の複製《ジェネリック》。あっ、でも、作ったのは、ぼく――――」


 しまった!

 先生が鬼の形相でこっち見た!

 自分の正直さが恨めしい!!


「またかよ!!」


 見渡す限りに続くテーブルマウンテンの頂上は、雷霆ジェネリックに軒並み切り落とされ、落下しながら砕けた。


 悲鳴、絶叫、怒号。

 逃げ惑う団員たち。


 あっ、空が変色してきた!


 たぶん、聖騎士団の――いや、王国屈指の魔術師たちが幾重にも厳重に張り巡らしていたはずの結界が――――


 雷撃で弾け飛んでしまった!!

 すごい風圧で吹き飛ばされそう!!




☆ギルフェレスの愛人発覚!

ラキの真意は?

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