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第54話 ラキの本心

 


 話は少し遡る。


 旅の途中で、ラキが叔父上の暗殺を仄めかした時の話だ。



             *

       


 初めての旅行。大好きなラキとの遠出は、楽しいものにしたかった。


 だから、ぼくは自分からラキの秘密を探るような会話はしなかった。


 幼くて無邪気なふりをしながら、旅先のすべてを楽しむことに決めていたんだ。

 だけど。


「私、王さまを暗殺しようと思ってる。じゃないとお母さんは人質のままだし、お父さんは延々と人殺しさせられるもん」


 ラキは、そう切り出した。

 いつもどおりの甘えんぼうの笑顔と声で。


 ぼくは、自分が信じていた世界が足元から揺らぐような気がして、目眩を覚えた。


「それがラキの本心? ずっと、ぼくを監視してたの? 先生の指示で?」


「うん。だって私、お父さんの娘だよ。あの人の頭の中をいつも読み取るような環境にいて、普通に育つと思う?

 お父さんの命に関わる弱点になるリュテを、軍人のお父さんが放置してると思ってた?」


 胸の中に黒い染みが広がるような、暗い気持ちになった。


 いま思えば、すべてが答え合わせになっている気がした。


 何かにつけて抱きつく癖。

 妹のミュゼを真似たような、泣き虫で甘えん坊な言動。 


 樹霊の泣き声が怖いから、一緒に寝てほしいといった日も、ミュゼのもとへ脱走した時、ついてきてくれたことも。


 そして、いつも甘い花の匂いがしてた。 

 ぼくの心をのぞくための、樹霊《ドライアド》の放つフェロモンだ。



 すべてが、ぼくの監視行動のためだったのかな……?


「でも、リュテが可愛くて大好きなのも、本当の気持ちだよ。信じられないかもしれないけど、そこは……信じてもらうしかないけど」

 

 ラキは、あの時みたいに、笑顔を作ろうとして失敗したような顔をした。


「リュテが無邪気な子供みたいな言動の奥に、本当は疑い深くて利口なことを隠してたのも、知ってたよ。たまに、エイギョーさんの変な夢を見てたのも知ってる」

 

「それ、ラキのことにも当てはまってるじゃん。……そうか、先生が同じこと教えてるんだから、似てて当然なのか……」


 大事な宝物を壊してしまった時のような、取り返しがつかない喪失感。

 

 ぼくは、修道院のみんなを家族のような大事な存在だと思ってる。


 その一番の根底にあったものが、こんな形で崩れるとは想像もしてなかった。


 ぼくは泣いてるのを知られたくなくて、さりげなく袖で拭きながら明るく話してたはずだ。  


「うん、知ってるよ。ずっと一緒にいたんだもん。先生がぼくを見殺しにしたときだって、ラキが助けてくれた。

 ラキは、優しい女の子だよ。ぼくは、よく知ってる。

 だから、今までラキが陰からぼくを助けてくれたように、ぼくもラキを守りたい。

 叔父上の暗殺や後宮入りは、考え直して欲しいんだ」


 横をチラッと見たら、ラキもさりげなく涙を拭っていて、たまに鼻をすする音も聞こえた。


「ありがとう、リュテ。でも、ほかに方法なんかないの。……リュテが、王さまになってくれるなら、話が早いんだけど」


「えっ!? なんでそんな話になるの!?」


「だって、後宮に入るってことは、私、王さまのお妃の一人になるんだよ?

 キャバクラのお姉さんたちみたいに、知らないおじさんの機嫌取らなきゃいけないの。しかも一生……!」


「それはいやだ……困る……!」


『騙されないで、主! その子、王宮の兵士をひとりで全部やっつけられる子よ。言質取られちゃダメ! 第一、その子は主のおばさ……』


「リュテとはひとつしか違わないの。おばさんて言わないでくれる?」 


 しゃべるな、の仕草をしたラキの指先から、細い植物の蔓が伸び、ぼくの左耳の剣型ピアス……平穏《エウテルペ》に巻きついて拘束する。


「……『叔母さん』と『甥っ子』なんて形式だけだよ。森の樹霊はぜんぶ女王の娘で、リュテのお母さんと私のお母さん、血が繋がってるわけでもないんだし。

 リュテは覚えてないだろうけど」


 ラキとエウテルペの話は、ところどころぼくにはわからない部分があった。


「……えっと。ごめん、どういうこと?」


「私が王さまに取られるのが嫌なら、リュテが新しい王さまになって私と結婚して、って話」


「えっ!?」


 なんてあからさまな論点ずらし!


 いや、そこが本質か。

 王が選んだ女性を奪うってことは、つまりそうなるよね。


『ほんとに図々しい子ね!? 主はみんなの共有財産なのよ!? 独り占めしようなんて許さないから!』


「えっと、でも、セイルもラキのことが……」


 ぼくは、いつもラキを目で追ってるセイルの姿を思い出した。


 この先、ラキとの関係が変わっていくとして、彼はいままで通りぼくと接してくれるだろうか?


「セイルの好みはね、守ってあげたくなるような、か弱い子なの。……私の正体知ったら幻滅すると思う」


 ラキは寂しそうに苦笑した。


 たしかに、言われてみればセイルはヒーロー願望の持ち主だ。自分より格上の騎士が恋人だと、承認欲求が満たされないかもしれない。


 そして、ぼくの好みも、きっとセイルに近い。ラキがか弱い妹的な子だからこそ、兄として守らなきゃって行動原理になってたから。

 

 ぼくは、自分の気持ちを消化しきれずにいた。


「今の王さまは無慈悲ですぐに人を殺すから、みんなに嫌われてる。リュテが王さまになってくれたら、きっとみんなも喜ぶと思う」


 ラキはまっすぐにぼくを見る。

 どこまでが、本心だろう。


「叔父上が変わってしまったのは、呪毒のせいなんだ。解毒さえできれば、またもとの優しい叔父上に……」


「だといいけど……私には、手遅れに見えた。

 お父さんの記憶を読んだの。取り返しがつかないほど真っ黒に呪われてた。王さまは、たぶん、もう正気じゃない」


「……それでも、ぼくは、叔父上と戦いたくない。殺したり傷つけるなんて、ぼくには無理だ。でも、ぼくなりのやり方できっと!」


「いつ? 何日後? ほんとにできるの? 

 私が自由に生きられる時間は、もう残り少ないんだよ? 後宮に入ったら、二度とリュテには会えないの!」


「…………」


「ほら、やっぱり、私が王さまを殺すしかないじゃない! お父さん、元気そうに見えて、もうボロボロなんだもん! 次はお母さんが殺されそうなんだもん!」


 ラキが泣き出してしまった。

 ラキは、先生の部下としての顔を隠してはいたけど、涙はいつも本物だった気がする。


 ぼくの体は、勝手に動いてしまった。

 ぼくは、ラキの涙にはどうしても弱いんだ。


 泣きわめくラキを放っておけなくて、無意識にぎゅっと抱き締めて、おでこにキスしてしまっていた。


「!?」


 ラキは最初驚いて離れようとしたけど、少ししたら震えだして、途中で膝から崩れ落ちた。


「びっくりするじゃない! ゆ、幽閉されてて箱入りのくせに!」


 顔を真っ赤にして震えながら、ラキが涙目で怒り出した。


「えっ? したことない、ラキが初めてだよ!

 エギルのやり方を真似しただけで!」


 そうだ。

 ぼくは、メーシェの夢を見たことがあるから、エギルの作法(?)を実地で知っている。

 無意識に真似してしまったんだ。


「エギルとキスしたの!? 節操なしだとは思ってたけど、男の子にまで手を出したの!?」


「違うよ、ぼくの心を、ちゃんと読んで!」


 混乱するラキを、ぼくはまた、ぎゅっと抱き締めて、宥めるように頭を撫でた。


 あれもこれも、全部エギルの真似だけど。


「ぼくは誰も殺さない。王さまにもならない。

 でも、叔父上にラキは渡さない。セイルにも譲らない。

 結婚のことは、よくわからないけど、ラキがしたいならするよ。他の人に取られるのは嫌だから。無事に大人になったら、ぼくと結婚してくれる?」


 ラキを、ほかの人に渡したくない。


 これが、本で読んだ恋なのかどうかはまだわからないけど、わかった時にラキが取り戻せなかったら困る。


 だから、予約することにした。

 結婚相手の予約。つまり婚約だ。


「……うん。……わかったわ、信じる。リュテのしたいように、するといい」


 ラキは顔を真っ赤にして、おでこを撫でながら俯いた。


             *


 この日は、ぼくの中では修道院での生活で1、2を争う楽しい日だった。


 でも、演習場に到着した途端、婚約者に騙し討ちで置き去りにされ、その父に鬼詰めされるんだ。     

   

☆穢れなきままエギルの技術が搭載されていました。

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