第49話 水蛇討伐 トニトルスとミスリルの視点
トニトルスは憤慨していた。
ラキにまたもや蔦草で拘束された。
抗う間もなく洞穴の岩を崩され、岩の下に封じられて、ようやく這い出してきたのだ。
可愛らしい顔やおっとりした言動の裏の、非凡な技能と容赦のなさ。能ある鷹は爪を隠す、とはこのことだ。
『王権の象徴として長年崇められてきた我が、よもやこのような仕打ちを受けるとは!
美少女め、只では済まさぬ!
そして主!! こんなにも忠実で可愛い我を握らぬどころか突き放すとは!!
……だが我は知っている! ツンツンしていた者がなびく瞬間こそ至高だと! エギル殿に習ったその概念をツンデレというのだ!
主には絶対に我を握っていただく! そのためには主を離れた場所から見守り、いざという時にはかっこよくお守り致すのだ!!』
トニトルスは主に捨てられたことを受け入れられず、妄執ストーカーと化していた。
――――
南国境、アースエルテの砂丘地帯。
魔物討伐実習の指導担当ミスリルは、ガックリと肩を落として砂の上にへたりこんだ。
「……残念ながら、ダブルブッキングがあったみたいです」
数少ないオアシスに棲み、旅人を襲う水蛇の討伐に来たが、小さな湖周辺の踏み荒らされた様子から事が済んだのは明白だ。
他の冒険者パーティーが倒したあとで、干上がりかけた小さな湖には何もいなかった。
「水魔のジェネリック、楽しみにしていたのに!
水蛇の魔核を使えば、ソウルイーターでない水剣が作れたかもしれないのに……!!」
指導担当がうっすら涙ぐむのを見て、幼い従騎士リュテがおずおずと聞く。
「…………水蛇は美味しいの?」
「いえ。食べられませんよ、毒があるので」
「じゃあいいじゃん! 残念だけどしょうがないよ。討伐しても必要な魔力を持った魔物とは限らないし。元気出してミスリル!」
リュテは年齢のわりに聡明な子だが、思考の大部分が食欲に偏った残念なところがある。
「はぁ。雷霆さまはどこかに行ってしまうし、水蛇もいなかった。これから何を楽しみに生きていけばいいのですか?」
ミスリルが命に関わるレベルで落胆しているのを見て、リュテが気を利かせる。
「じゃあさ、ぼく、面白いもの持ってきたんだけど!」
アイテムボックスから、『水魔』の魔剣を出して見せた。
『アルジタベタイアルジタベタイアルジタベタイ……』
水魔は小声で物騒なことを呟き、鞘の中央に開いた口から大量のヨダレを垂れ流している。
「水魔本体もさ、人を食べたがるから問題なんだよ。水魔が人じゃなくてパンが大好物になればいいんだ。ぼくの命令を聞いてくれたらご褒美にパンをあげる! どう?」
(パン!)
ミスリルは衝撃を受けた。
彼は幼少期から各界で神童の名を馳せてきた、先読みの天才である。
が、彼の教え子はいつも彼の思考の範囲外から、新しい知識や発想を持ち込んでくる。
自分とは全く違う角度からのアプローチに絶句し、小さく吹き出した。
「エウテルペ、お願いできる?」
『任せて!』
リュテの左耳の剣型のピアス――『平穏』の魔剣が蛍色の閃光を放ち、水魔を包む。
「ディルヴィウム! 好きな食べ物なに?」
『アr…………? ……パン……?』
水魔が混乱している。
催眠は効果を発揮したらしい。
「だよね、ぼくもパン好き! ありがとう、エウテルペ!」
『お安いご用よ、主!』
『アr……パンタベタイ…………パンテ……ナニ?』
「ねえミスリル。水魔の洪水を結界に貯めて、灌漑用水に利用できるか実験しない? 溢れても干上がったオアシスが潤うだけで誰も困らないし!」
多くの魔剣の主でありながら、この子はなんと平和な思考の持ち主だろう。
「まったく、あなたという子は! どうしてこう楽しそうなことばかり。今日も眠れないじゃないですか!」
ミスリルが大袈裟に感動し、歓喜しているのを見て、リュテも胸を撫で下ろした。
「元気が出たなら良かった!」
『平穏』は黄金の双剣。ピアスとして伝わってきた極小サイズの魔剣。
史実によれば、「平穏」とは名ばかりで、催眠効果で人心を操る危険な魔剣とされてきた。
否。
魔剣は、使う人の心持ち次第で人を救う薬にも人を脅かす猛毒にも変わりうるものなのだ。
王という存在も、同じなのかもしれない。
ミスリルは王立魔法学校での天職も研究成果もすべて取り上げられ、前王派の監獄たる騎士修道院に入れられた過去がある。
だが今、彼は気づいたのだ。
自分がこの幼い徒弟に、とうに捨てた王政への期待を再び抱きはじめていると。
「じゃあミスリル、水魔にパンを見せるとヨダレが溢れるから、結界を作ってくれない?
水魔はその中にぼくがいいって言うまで水を貯めてよ」
「わかりました」
ミスリルが指先を回すと湖周辺に砂煙が立った。目視はできないが、透明な巨大容器状の結界ができたようだ。
リュテが弁当に持ってきたパンを見せると、水魔の口から大量の水が噴き出した。
あっという間に満杯になる。
「いいよ、ディルヴィウム。止めて!
いい子だね。ほら、ご褒美のパン!」
リュテが魔剣の口にパンを食ませる。
『パン! パンウマイィィィイイ!!』
どうやら水魔の洗脳は完了したようだ。
「おお、すごい! これなら灌漑設備をつくる時はそのまま水魔を使えます! ジェネリックは不要では?」
「たくさんいるよ。水不足の地域たくさんあるんだもの。みんな絶対欲しがると思うんだ。絶対売れる!」
灌漑の流れから商品化を構想しだした。
この子は王が死にものぐるいで集めたがる権力と武力の象徴を、便利な生活用品くらいに考えている。
自分の利益を独占せず、他人を思いやる。それを分け与える優しさと行動力を持っている。
……そして院長に毒され、金の亡者の片鱗を見せつつある。
「そこは剣の形じゃなく、蛇口などに応用すればいいのでは?」
「うん、かもね。でも、剣の方があとあと使い回せて便利だと思うよ。火事の時とか、戦争のときの防衛機構として自走させたいし。もちろんミスリルならできるでしょ?」
リュテの顔つきが変わったのを、ミスリルは見逃さない。
「できると思いますが。……それは、ご自分で考えたのですか?」
「うん、エイギョウサンならそうするんじゃないかと思ったんだ。インフラ整備は国の基本だからね!」
……この子は、王材だ。
王が何を憂い、何を為すべきかを肌でわかっている。
民なくして王たりえない。
民意を汲み、彼らの安泰を図ることこそが生産力と国力を上げ、王政の支持を絶大なものにする。
ミスリルはリュテの思考をたびたび読むから、向学心や理性的な性格をも知っている。
感情に突き動かされて暴走することもあるが、ほとんどが他者への思いやりに起因するから、むしろ好ましくすらある。
間違いなく優れた治世をし、後世に名を残す王になるだろう。
ミスリルは身震いした。
今や彼の研究者としての興味は魔剣ではなく、幼い正統な王子に移っていた。
――――
『……主にあーんされている、だと?』
遥か上空からリュテを見守り尾行してきたトニトルスは、怒りと嫉妬の紫電をビリビリと放っていた。
☆改訂版『建国記』では、水魔ディルヴィウムは『パンで操れる便利な魔剣』と記載されるのだ。




