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幽閉王子と魔剣の国~魔剣に溺愛されたぼくは誰も殺さず伝説の王になる~  作者: キマモリニコ
第2章 魔剣工房の発足
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第42話 メーシェ



 ぼくは夢を見ている。


 誰かの記憶の中。

 ぼくはその人の目を通し、美しい森を見つめている。


 古くて大きな木がたくさんある森には、樹木の精霊(ドライアド)たちが宿っている



 人に似た美しい精霊たちは木々を棲みかに、森で歌いながら育つんだ。



 森の木陰。


 木々や草花が風にさざめく。


 淡い緑の木漏れ日が降り注ぐなかを、ぼくは歌いながら歩いてる。


 小鳥のさえずり。

 小川のせせらぎ。


 甘い花の香りを含んだ風が吹き抜ける。


 蜂や蝶の羽を生やした小さな妖精たちが、蜜源へ採集に飛んでいく。



 森が少し開けてくると、金色の光で目が眩む。



 水色のエンゴサクや薄紫のカタクリ。

 甘い香りのカラマツやスズラン。



 見渡す限りに咲き乱れる花。


 なんて豊かで美しい森だろう。



 淡い青色の花々の中。

 水色の髪の青年が眠っている。




 ぼくはこの人を知っている。


 いまより少し幼い顔だ。


 

 美しい姿に似合わず口も態度も目つきも悪い。

 でも、とても優しい人だ。



 ぼくはその人の傍らに座る。


 彼が目を覚ますのを待つんだ。

 鈴蘭で花冠を編みながら。



「……起こしてくれていいのに」 


 エギルがそう言って笑った。


「王さまの専属の鍛冶師になったんでしょう?

 いまが一番忙しくて大切な時だもの。少し休んだ方がいいわエタンセル」


『鍛冶の王(エギル)』は修道院での渾名《あだな》だ。

『煌めくもの(エタンセル)』が彼の本来の名前なんだろう。


「そう。俺は忙しいから、あんまり駆け引きを楽しんでる時間ないんだよね」


 エギルはぼくの手を引き寄せて、ぎゅうっとぼくを抱きしめた。


 ……いや。

 ぼくじゃなくて恋人を。


 えっ?

 なにこれ?


 大人ってこんなことするの?

 わああ!?


 これ、ぼくが見ていいやつ!?

 まずいよ、困るぅ!!


 …………



 ……


 ……っていう大人の時間がしばらく続いた。


 はあ、すごくドキドキした。

 ずっとチューしてるんだな、大人は!


 ぼくは目を瞑って見ないようにしたよ。


 だって、恋人同士の大切な時間だ。

 邪魔しちゃいけないでしょ?



 エギルは横たわって彼女を抱きしめたまま、その髪の乱れを直す。



「陛下に認可状をもらったんだ。この先、俺が死ぬまで、王家の専属として破格の待遇を保証してくれるんだって」


「ずいぶん先の長い話だけど。王さまは、よほどあなたの腕を見込んでいるのね」


「うん。俺は男にもモテるからね。そんな俺が君のために新作を作ってきた。婚約指輪は無理だから、婚約短剣だね」


「ナニソレいらない。指輪がいい」


「えっ、いらないの!? 宮廷お抱え鍛冶師の短剣だよ!? 小柄な君が使いやすいように、小さめにして装飾もいれたのに!」


「泣かないでよ。冗談に決まってるでしょ。

 あなたがくれるものなら、風邪だって嬉しいわ」


 エギルのキラキラした青い目を見つめると、とても綺麗な樹霊が映っていた。


「王宮に工房を構えたばかりで当分は来られないけど。落ち着いたら王都に家を建てる。一緒に住もう」


「……私、都会は好きじゃない。あなたのことは好きだけど、森を離れるのはいやなの」


「……なら、俺がこっちに住んで通う。考えておいて」


 エギルは衣服を整えて立ち上がり、ぼく……じゃなく……彼女の頭にキスをした。


「俺が結婚したいのは君だけだ。お願いだから前向きに考えて。俺は一途だから、君に振られたら残りの数千年を独身で過ごす羽目になるよ?」


「……浮気したら殺すわよ、エタン?」

「絶対にしないと誓う。もししたら殺してもいい!」 


「……じゃあ、早く迎えに来て」

「ああ。俺がいない間は、その短剣が君を守るよ。待ってて、メーシェ!」




――――




 精霊の森が焼かれたのは、その翌日だった。



 王宮の兵士たちが大量の油樽を運び込み、樹霊の棲む大きな木々に油を撒いた。


 火矢が放たれた。


 生木の焼ける臭いと、黒い煙が立ちのぼる。




 動物たちの悲鳴。

 樹霊たちの泣き叫ぶ声。



 踏み散らされた花園。



 雪のように舞い落ち降り積もる、火に炙られた妖精たち。



 美しかった森は無惨に蹂躙されていく。



 煙のなかを逃げ惑う樹霊たち。

 笑いながら追う兵士。



 悪意に満ちた人間の顔は、声はなんて醜いんだろう。



 ぼくは泣きながら逃げ惑う。


 長い髪を掴まれて、後ろに倒れた。



 兵士の血塗れの腕が顔に迫る。



 ぼくは。

 いや、メーシェは。



 エギルの短剣で自らの喉を裂いた。


 止めようとしたけど、メーシェの体は自由に動かせなかった。



 森が死んだら樹霊は生きていけない。

 奴隷にされても同じことだ。



 立ち込める黒い煙のなか、遠くでエギルの叫びが聞こえる。



 メーシェの握る短剣の優美さに兵士が気づき、その手からもぎ取ろうとする。


 メーシェは最期の力を振り絞り、短剣を守ろうとしている。


 エギルが走ってくるのが見えた。


 叫びながら手を伸ばす彼の目の前で、その短剣はメーシェの胸を貫いた。


 ぼくは目を閉じて耳を塞ぎたかった。

 余りにも残酷だったから。


 呆然と、ただ震えて見ていた。


 だって、さっきまであんなに幸せな二人だったんだ。



 半狂乱になったエギルが兵士を斬り殺す。



 エギルがメーシェを抱き上げたとき、彼女はもうこの世の人ではなくなっていた。




 エギルは長い間、メーシェの亡骸を抱いて座り込んでいた。



 何人かの兵士が寄ってきて、エギルの顔を確認しては帰っていく。


 エギルは王の気に入りの鍛冶師で、王都の誰もがその顔を知っていたから。


 日が暮れて朝になり、何日経ってもギルはそこにいた。


 恋人の遺体を抱きしめて泣き喚き、疲れて放心してを繰り返す。


 森が焼け落ちると、メーシェの体も灰になってしまった。彼女の宿り木がどこかで燃えてしまったんだろう。





 王の遣いがエギルを迎えに来たけど、彼は王宮には戻らなかった。



 メーシェの心は、体が無くなってもそこにいた。




(……愛してるわ、エタンセル)


 放心し短剣を見つめるエギルの掌の上から、彼を見上げて。


(二度と私を見つめてくれなくても)


(あなたの永い孤独に寄り添うわ)


(あなたが裏切ったら、私が殺すの)


 メーシェの魂は宿り木を失い、短剣に宿ったのだろう。



 慈悲の短剣(ミゼリコルディア)。

 繊細な装飾と深青の宝玉が美しい白金の剣。


 恋人への想いとエギルの比類ない技量が、皮肉にも彼女の魂を切り取り、小さな剣に宿らせてしまったんだ。


 …………


 ……



――――



 ぼくが目を覚ますと、ポケットの中からあの歌が聞こえていた。


 あの美しい森で樹霊たちが歌っていた。

 命を慈しむ優しい歌だ。


 涙が止まらなかった。




 ぼくのベッドの足元には、エギルとミスリルが、雑魚寝してた。


「ねえ。ミゼリはエギル(エタン)の恋人だったの?」


「……さあ、昔のことはあまり思い出せないの。大人にはいろいろあるのよ。子供には早いわ」


 ……あの歌は覚えてるのに?


 ぼくは気を利かせてミゼリをエギルの顔のそばにおいてあげたけど、目を覚ましたエギルは悲鳴を上げて払いのけた。


「うわぁああ!! 呪いの短剣!! 何でこんなところに――――!?」


 叫びながら部屋を飛び出していってしまった。



「ギル! ギルフェレス! 封印してくれ、あの呪いの短剣が復活した!!」



 慈悲の短剣は記憶がないはずなのに、たびたびエギルを追いかけては、素敵なお姉さんたちとのデートを邪魔している。



 ぼくはどうやら余計なことをしたみたい。

 大人の恋愛は、まだぼくには早いみたいだ。


☆エギルとミゼリの物語は、この先も続く

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