第41話 慈悲の短剣
「ああ、でもまだ夢を見てるみたいだ!
何百年も憧れてた雷霆に触れるなんて。俺さ、昔から魔剣大好きなんだ。特に雷霆。この鞘や柄の細密な意匠!」
「エギル、雷霆、見たことあるの? 雷霆は主じゃないと触れないんだよね。この本に載ってるとか?」
「あるよ、表面だけだがな。聖器庫の鍵の管理してるの俺だし。ハーフエルフは長命だから、王国に仕えて護国九剣のうち八本の主に模写させてもらって、図録作ったんだ。
でも、俺が生まれたのは雷霆の主が崩御したあとだったから、雷霆の刀身だけはまだ拝めてない。あと、この本の著者、俺」
いつも口数少ないのに、急にすごい饒舌になった。エギルももしかして『オタク』というやつなのでは?
「えっ、エギル何歳?」
「二百ちょっと。途中で数えるの面倒になって、正確には……あれ、忘れたな?」
おじいちゃんじゃん!!
「ぶふっ!」
さすがに声に出さなかったけど、ぼくの思考を読んだミスリルが吹き出した。
雷霆が王権の象徴である以上、ぼくの計画に関わらせたら反逆を疑われかねない。
相談して巻き込むのはずっと躊躇していたけど、剣さえ出来上がれば、あとは『世間的には死人』のぼく一人で行動すればいい。
エギルに鍵を借りられるから、聖器庫係に戻した魔剣たちのレプリカ作りも容易になった。
念のため、現存する護国剣は全部レプリカを作っておきたい。
ぼくは全部の剣の主になる決意をしていた。
魔剣は主でないと触れないからだ。
――――
聖器庫にいくと、魔剣たちが以前のようにこぞって名乗りをあげた。
『主、ぼくを呼んで!『災禍の黄金』カラミタスだよ~!』
『オレディルヴィウムアルジタベタイアルジタベタイアルジ……』
『……王族の臭いがするっ…………!』
以前はトニトルスの声が大きすぎて気づかなかったけど、契約を叫んでいる剣たちの中に、ふたつ変わった剣がいる。
淡い金色の宝石が嵌まった長剣は、ずっと泣いているし、怒り狂って叫んでるのもある。
『おまえか、王族は!! 絶対に許さない!!
絶対に殺す!! 私をここから解き放て!!』
怒り狂った声の主に近づくと、美しい長剣の並ぶ中に一本の古びた小さな短剣があった。
ぼくが顔を近づけると、
『きゃあっ、いや、近づかないで、怖い!!』
急に泣き出してしまった。
「ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ。ぼくはリュテ。廃立されて修道院に幽閉されているから、もう王族じゃないよ。何もしないから安心して」
『……ほんとう……?』
「うん。ほんとだよ。実はね、母上と妹を救うために魔剣が必要なんだ。叔父上の謀反で二人とも囚われてしまったから」
『……お母様と妹さん、なぜ囚われてるの?』
「叔父上の本心はわからない。でも噂では、妖精姫の母上を氷の像にして飾ってるらしい。
ぼくから見ても、とても綺麗な人だったから」
『……美しい女が囚われ……! それは良くないわ。なにか思い出しそう。良くないこと……』
短剣がぶつぶつ独り言を言いはじめたから、ぼくは長剣たちの方へ向き直った。
建国記によれば護国九剣は『雷霆』のほか、『浄火』『氷河』『水魔』『災禍の黄金』『栄光』『平穏(双剣)』『慈悲の短剣』の九体。
この中で『浄火』は戦乱で所在がわからなくなっている。
いざというとき使えそうな魔剣となると、水?
いや、黄金が出せるならこれも必要かな。
うちには、お金が大好きな上司がいるからね。
『わかったわ! あなたのお母様と妹、私が助けてあげる! 私はミゼリコルディアよ!』
短剣がぼくの前に飛んできた!
びっくりして咄嗟に手を出すと、ミゼリが空中で急停止する。
『ああっ、やっぱり生理的にムリかも……!?
あなた、この前はモッコウバラのいい匂いがしてたのに、今日は王族の匂いが強いもの!!』
「あー、このピアスのせいかも。ぼくの魔力を魔晶石で吸い出してるから」
生理的にムリって言われた。
……ちょっとショックかもしれない。
でも、目の前で右往左往する小さな短剣が、なんだかとても可哀想になった。
「人間が怖いなら、ぼくのポケットに隠れてていいよ。ぼくがミゼリを守ってあげる」
『その言葉……聞き覚えがあるわ……。すごく遠いむかしに、誰かが……』
慈悲の短剣は、またぶつぶつ言いながらぼくの上着のポケットに収まった。
ずっと泣いている剣、『栄光』も気になった。
この前はこんな感じじゃなくて、『妾は!』とか威張ってて、もっと偉そうだったと思うんだけど。
「ねえ、どうして泣いてるの?」
「うっ妾の名はエレクトラ……メーシェが……妾の……ロサーチェが…うぅっ……」
ぼくは、困ってミゼリに目をやった。
『私はなにもしてないわよ!? エレクトラ様はあれよ、繊細なお方なの。泣き虫の時と強気の時がある。二重人格っていうやつね!』
ポケットに入った途端、ミゼリが元気になった。ミゼリも十分そんな感じだけどね?
あるときは傲慢な呪いの剣。
時々泣き虫になる魔剣。
栄光という美しい名前を捧げたあとはまた泣き始め、彼女は何も答えなくなった。
ぼくとミゼリは、ひとまずミスリルとエギルが待つ、ぼくの部屋に帰るとこにした。
「まずレプリカを作るのが先なんだから、俺に渡せよ雷霆さまを!!」
「なにを言うのです! 形だけ真似ても仕形がないでしょう!? 魔法の解析には時間が必要なのです!! 私のほうが先にはじめたんだから、エギルは邪魔しないで待ってなさい!!」
護国九剣オタクのミスリルとこだわりの強い刀匠エギルが、トニトルスで綱引きをしている。
『見てください、主!! 人間にモテモテ大人気の我を!! 主も我の奪い合いに加わってもよろしいのですぞ!? ほら、遠慮なく我を握ってください!!』
「リュテ! 私の方が先に研究をはじめたのだとエギルを説得して!」
「リュテ! パン買ってやっただろ! 今こそ俺に報いろ!」
めんどくさいな、この人たち。
「ねえ、ぼく疲れたしもう寝たいんだけど」
「私のことはどうかお構いなく!」
「ああ、勝手に寝てろ!」
ほんとにめんどくさいな、この人たち。
トニトルスはぼくのそばを離れないから、この人たち入り浸る気まんまんだよ。
ぼくは、モソモソとベッドに潜り込んでミスリルとエギルの侃々諤々を聞きながら眠った。
考えてみれば、怖くて悲しくて眠れない日もたくさんあった。
こんなに賑やかで楽しい不眠は、初めてかもしれないな。
その夜、ぼくは夢を見た。
美しくて優しく恐ろしい。
とても悲しい夢だった。
☆次回、短剣の歴史が明らかに




