第40話 魔剣工房の立ち上げ
雷霆が鳴り響いた日から、ぼくとミスリルの関係は一変した。
ぼくの魔法科学の先生として、彼は常にぼくの部屋に入り浸るようになったんだ。
「雷霆さまにおかれましては、恙無くお健やかに遊ばされまして……」
ミスリルは『護国九剣オタク』で、雷霆トニトルスが推し剣だ。トニトルスに王族用の最高敬語を使って深々と最敬礼をした。
『うむ! そのほうは、よく弁えておるな。こやつなかなか見所がありますぞ、主!』
トニトルスはすっかり気を良くして、ミスリルが研究のために触れても、されるがままにしている。
「ところで、ミスリル。前に頼んだ件なんだけど……」
「ええ、調べてあります。というか、以前から興味を持っていましたので」
ぼくは娼館での情報収集任務の時、大司教が先生に飲ませようとした黒い液体を採取し、ミスリルに解析を頼んでいた。
「なんだったの、あれ?」
「樹霊の怨念の結晶、『呪いの琥珀』。聖猊教会の幹部が、邪魔者や反抗者を操るための秘薬のひとつです」
ミスリルも以前、娼館で先生が飲まされているのを見かけて調べていたらしい。
彼の眼鏡があらゆる魔法や呪詛を看破できるのは、ほんとみたい。天才って実在するんだな。
「『呪いの琥珀』は、呪詛の中でも最も解呪しにくいもののひとつです。膨大な樹霊の怨念が凝結し、しかも直接的なものではないので……」
「それって、昔から続いてきた樹霊狩りと関係あるよね?」
「おそらくは」
ミスリルは何かの測定器みたいなので、雷霆の剣身から放たれる魔力を計りながらぼくと話してる。
難しそうな仕事しながら器用だな。
「ご存知でしょうけど、樹木の精霊は精霊女王を母樹として思考や知識を共有する性質があります。
樹霊狩りはおそらく、精霊女王を苦しめる目的で行われたのではないかと。
樹霊単体よりも集合意識そのものである女王を追い詰め、女王のなかで怨念を凝縮する為に」
精霊女王……なにか、ひっかかる。
思い出しそうで思い出せないことがある。
なんだっけ?
なにか大事なことを見落としてる気がする?
……まあ、いいか。
今じゃなくても。
せっかくミスリルが、協力してくれているんだし。
「じゃあ各地で樹霊狩りが始まったっていう噂は、今の精霊女王を苦しめるために……?」
「教王国の目的が『呪いの琥珀』であるならば、そうでしょうね」
「リュテ、いるか?」
ノックが聞こえたと同時に、エギルが入ってきた。剣のデザイン集や魔剣の関連本を抱えて。
「ああ、ミスリルもいたのか。リュテ、合格祝いの剣の話なんだが――――」
エギルが目を見開いて固まった。
濃い青い瞳が一点に注がれている。
ミスリルが抱えた黒金の大剣に。
エギルが駆け寄って、さまざまな角度から雷霆を眺め…………眺め続けて、
「……いや、まさかな。数日前に雷が鳴って大鐘が鳴ったが、雷霆は聖器庫の中だし。ミスリルが主のはずないしな」
一度離れて大きくかぶりを振ってから、またトニトルスを凝視してる。
あの日。
雷霆が鐘を鳴らした日、エギルはいつもどおり買い出しに出掛けてて、帰りも遅かった。
セイルの話では、素敵なお姉さんと遊んでたんだろうって、話だった。
でも、まさかエギルだけあの件を知らないと思ってなかったよ。
「しかし雷霆にそっくりだな。なんて美しい剣なんだ。何時間でも見てられるな、これは!」
『主!! 聞きましたか!? こやつもまた見所がある!こやつはしょっちゅう聖器庫に来ては我を肴に酒を呑み、一日中でも我を褒め称える我の崇拝者ですぞ!!』
エギルがぼくを見た。
「……主?」
『そうだ、我が下僕よ。この御方が我の仕える王、リュテさまである!!』
エギルがミスリルを見た。
「そうです。あの日、雷霆さまはリュテをお選びになりました。修道院も教会も大破して、修復は困難を極めましたが、夢にまで見たこの瞬間の為だったと思えば屁でもありませんよ!」
エギルが駆け寄ってぼくに抱きついた!
「おまえに忠誠を誓おう。なんでもいうこと聞くから、雷霆を触らせてくれ! 頼む!!
ガキの頃からの夢なんだ、一生に一度でいいから雷霆みたいな魔剣を打ってみたいって!」
いつも捨て犬みたいな目つきのエギルが、青い瞳をキラキラさせて夢を語ってる。
ぼくは、それがすごく嬉しかった。
「聞いたよね、トニトルス。ぼくもおまえと同じ剣が欲しいと思ってたんだ。エギルにも協力してもらえるかな?」
『主が、我と同じ剣を!! 主は本当に我のことが大好きなのですな! 無論ですとも!!』
エギルはハーフエルフだから、もちろん精霊耳の持ち主だ。
トニトルスの声を聞いて狂喜しながらぼくを抱えて持ち上げた!
「やった!! 雷霆の裏側と刀身が見られる!
ありがとうリュテ、一生恩に着るよ! 俺にできることがあればなんでも言ってくれ」
エギルは根っからの職人気質だね。
剣のことばかり考えてるし、剣を肴にお酒も呑めるんだね。
「えっ、ほんとにいいの!?」
「ああ。エルフにも男にも二言はない」
ぼくは、エギルとはじめての外出で町に行ったとき、一生分の感動をもらい、三回分の夢を叶えてもらった。
ぼくの力じゃないけど、恩返しができるならぼくも嬉しいよ。
「じゃあ雷霆とそっくりな魔剣、100本作ってくれる?」
「ああ、もちろん! え………………なんて?」
「雷霆と同じ剣100本。二言は無いんだよね?」
「ひ……えっ…………?」
ぼくは先生に大口叩いちゃった以上、雷霆のレプリカを作らなきゃならないんだ!
レプリカだから、雷撃の威力はそれほどじゃなくても、雷のエフェクトが出ればまずは成功……でいいかな。
とか思ってたけど、そもそもぼくは隷属の首輪で魔力制限を受けてて、あまり魔力がない。
魔法付与は、ぼくが絶対成功できないジャンルだった!
剣の鍛造……これも絶対に無理だから、ダメ元でエギルに協力をお願いしてみようと思ってたんだ。
この好機、絶対に逃がさないぞ!!!
「合格祝いに1本打ってくれると言ってたし、あと、99本サービスしてくれるよね!」
「くっそ、おまえ、足元見やがって……。
ああ、わかったよ。作ってやる! 最高の剣、打ってやるよ!!」
「やったぁ!!」
ぼくと目が合うとミスリルがため息をついて、
「わかりました。魔法付与は私が請け負いましょう」
快く確約してくれた。
頭と腕のいい人は話が早くて助かるぅ。
エギルは女の人にはだらしないけど、すごく仕事熱心だ。
いつも剣のことを考えてて、大抵は鍛冶工房で仕事してるか図書館で資料集めをしてる。
絶対に引き受けてくれると信じてたよ。
あの日、図書館でエギルが手に持っていた本も、いまここに持ってきたのも、
『護国九剣の歴史と解剖』だったから。
これで、雷霆の複製の準備は整った。
魔剣工房の、この日が立ち上げだった。
☆人知れず発動した『無敗営業』のスキル!
エギルの受難は続きます。




