第39話 ミスリルと認識阻害
『行くわよ、主!』
「うん!」
ぼくは図書館のドアの前でミスリルを待ち伏せていた。
平穏が作った認識阻害の毛布を頭から被り、実用に足るものなのかをミスリルで試すためだ。
来た。
回廊を渡ってミスリルが歩いてくる。
ドアの横で息を殺し、彼が通りすぎるのを待つだけのはずだった。
のに。
すれ違いざまに流し目でこちらを見ながら、ミスリルが銀色の眼鏡を鼻に押し上げる。
ドアをくぐる瞬間にも視線がずれない。
どこにいても完璧に見つかる。
何度やっても、だ。
「……気づいてるならひとこと声かけてよ」
ぼくは頭から被っていた毛布を脱いだ。
まだ暑い時期だ。
もっと薄い掛け布にすればよかった。
「とてもよく出来ていますし、努力を無駄にするのも可哀相かと思って」
「はあ、実際に使えなきゃ意味ないもーん」
先を歩くミスリルに続き、ぼくも図書館に入る。
『おかしいわね。私の催眠魔法は完璧なはずなのに、なんで見えるのかしら!?』
ぼくの左耳の剣型のピアスから、エウテルペが出てきた。
訝しげに親指を噛みながら、ミスリルの鼻先に飛んでいく。
「あっ、こら! 平穏!」
さすがにぼくもおかしいって気づいたよ。
だって、ミスリルは見ていたんだ。
彼の銀色の眼鏡の縁にぶら下がって覗き込む、トンボの羽がついた妖精を。
『やっぱり見えてるわね!』
「……リュテ。この方の名前は『平穏』といいましたか?」
言うより早くミスリルはぼくの耳に顔を近づけ、剣型のピアスをまじまじと見つめた。
「五年前のどさくさで、紛失したと言われていた平穏の双剣!!」
「わあっ、急に耳元で叫ばないでよ!」
「こんなにお小さかったとは、やはり本の伝承と少しデザインも違いますね。それにもう一体はどちらに!?」
『ミュゼさまのところよ。元々は姫様と契約してたんだけど……うん?』
「妖精さんはなんと!?」
「あっ、姿は見えても声は聞こえないんだね」
「ええ! でも、いつかこの日が来たときの為にと作って部屋にあるんです、精神感応薬! 急いで取ってきますからお待ちを!!」
……ずっと知的で物静かな人だと思ってたけど、護国魔剣オタクっていうのはほんとなんだな。
――――
少しして、精神感応薬を飲んだミスリルが戻ってきた。
『この眼鏡のせいね! 精神侵食も透明化も見抜けるように呪詛や精神侵食なんかを防ぐ魔方陣がいくつも貼りつけてある!』
「さすが、お目が高い!」
「えっ!? そんな眼鏡が出回ってるならすぐ見破られて逃走なんか、ぜったい無理だよ!」
「市販品には、なってませんよ。まだ試作段階で実用化前なので」
「それって、どういう?」
「私の発明品ですから」
「えっ!?」
ミスリルは簡単に言ったけど、たぶん実用化されたら警備の常識や軍事的価値を一変させる大発明だよ。
精神感応薬もちゃんと効いてて、ミスリルとエウテルペは普通に話しはじめてる。
半樹霊のラキだって首輪をつけたぼくの思考は読みにくいから接触で、抱きついて来るのに!
「えっ、でもどっちもすごい技術でしょ? 眼鏡と薬じゃ研究分野も違うと思うけど、そんなに簡単に作れるものなの?」
「どうでしょうね。他の方のことは知りませんが、私は『天才』とか『神童』とか言われる部類でしたので、わりとなんでも作れますね」
ぼくが図書館で借りっぱなしにしていた本を置いて机につくと、ミスリルも横に掛けた。
「あっ、その本の著者も私ですよ」
『認識阻害の基礎と応用』『透明技術概論』。
どちらも魔法学校や大学で使われる教科書だ。
「じゃあ著者のグラミス・キャリス……って」
「私の本名です」
ミスリルは事も無げにそう言ったけど、ほんとにすごい人なんだな。
大学の教科書を書くほどの人なら、学校や研究機関が放っておかないと思うんだけど。
どうしてこんなの監獄みたいなとこにいるんだろう。
「ええ。以前は魔法学校で教鞭をとりつつ、研究機関に論文も提出していました。でも、身内が前王派として断罪されましたからね」
ミスリルがぼくの思念を読んで、そう言った。
この人は、本物の天才だ――――!!
母上や妹の脱出のためにも、魔剣の複製を作るためにも、この人の力が絶対に欲しい!!
でも以前、この図書館で逃走に使う目的なら見逃さずに止めるって、釘を刺されてるしな。
「いいですよ、協力して差し上げても」
「いいの!?えっ、でも?」
「あの時と今とでは事情がだいぶ違います。
王は雷霆の主を探し、院長があなたの秘匿を決定したのだから」
ミスリルは眼鏡に興味を持ったエウテルペのために、眼鏡を外してテーブルに置いた。
「あなたの安全は、この修道院全体の安全に関わる重要事項です。あなたをサポートしない理由が、まだ必要ですか?」
「ありがとう、ミスリル! じゃなくてグラミスさん、だったっけ」
「ミスリルでかまいません。ところで、交換条件をつけても?」
「えっ? うん、ぼくにできることなら!」
「院長から、リュテが現存する護国魔剣たちの主だと聞いています。複製の前に彼らの能力や特性を調べられるようお口添え頂けますか?」
「もちろん!!」
願ってもない話だ!




