第4話 セイルとオービスの視点(1)
夜明け前。
修道院には、日に五度の礼拝がある。
本を持ち院長室から出るリュテを、礼拝当番のセイルとオービスが見つけた。
黎明の薄闇のなか、リュテの月色の髪が淡く光っている。
妖精姫と讃えられた前王妃。その母と瓜二つの美貌に、二人は一瞬見惚れた。
「あいつ、王子じゃん。また院長室から?
俺、礼拝日直のたびに見かけるんだけど。夕方と明け方」
セイルが訝しむ。
「……そういえばカラムが、『リュテは院長の愛人かも』とか意味不明なこと言ってたぞ」
「あのな、リュテは男だぞ?」
オービスが呆れる。
否。廃王子と院長の双方に不名誉な噂を流すのは政治的な意図だろう。実に低俗なやり方ではあるが。
「でも、世の中にはいろんな人がいるからな。俺はふつうに可愛い女の子がいいけど。ラキみたいな!」
「しっ、院長に聞かれたら殺されるぞ」
オービスが周りを確認して釘を刺す。
『前王派の監獄』に、その旗頭たる王子が入れられたのは、もちろん政治的な意図がある。
王子に接触する危険分子をいち早く、処分する。リュテは彼らをおびき寄せる餌である。
「王子と話せば謀反を疑われる。子供だし可哀相だが、見なかったことにしよう。俺たちには関係ない」
「でも気になるな! 次は尾行しようぜ!」
セイルは好奇心旺盛で言い出したら聞かないし、余計なお世話も大好きときている。
彼が面倒ごとを起こせば、オービスもとばっちりで怒られるのは明白だ。
セイル一人では何をしでかすかわからない。
リュテが巻き込まれるのは可哀相だ。
オービスはしぶしぶ了承した。
*
その日の夕刻。
ふたりがリュテをつけると、やはり院長室に入って行った。
息を殺して壁から覗く。
院長の書斎には、転移陣がある。
王の召喚、魔物討伐での緊急要請などに備えたものだ。
石床に円を描いた簡易なものだが、中央にいくつかの転移先が書かれ、重要施設でなければ乗るだけで移動が可能だ。
リュテが陣に乗ると、一瞬、闘技場が映り、彼の姿ごと消えた。
「そうか。リュテは幽閉されてる。
外出禁止だから、院長の直通転移陣を使う許可が出てるんじゃないか」
オービスはすぐに気づく。
「あー、でも毎日だぞ?」
といいつつ、すでに尾行態勢でセイルが陣に乗ってしまっているので、オービスは追いかけるしかない。
「おい! セイル、おまえっ!?」
*
闘技場は、騎士修道院の裏手にある。
歴史的に貴重な神話遺跡であるが、現在は主に騎士たちの戦闘訓練に使われていた。
大破しても、魔法での自動修理機能を備えているからだ。
「おい、見ろあれ! 鋼鎧蛇だ!」
「何匹いるんだ。あいつ死んじまうぞ!」
鋼鎧蛇は大人三人分ほどの大きさで、全身が鋼鉄の鱗で覆われた蛇型の魔物だ。
闘技場の地面を覆うほどのその黒い大蛇の群れが、いま、鎌首をもたげて少年を襲おうとしている。
ざっと四十体。
訓練にしては明らかに数が多すぎる。
「先生の鬼ぃーっ! 無理ぃ、無理だよこれ、先生、助けて、うわああ!?」
前後左右からの挟撃に、リュテは悲鳴をあげながら必死に逃げ回っていた。
「乱戦では常に間合いを測れ。呼吸、地響き、臭い、風向き、砂煙、あらゆるもので動きを予測し一撃で仕留めろ」
鋼鎧蛇は硬いから、急所は腹の鱗の継ぎ目か柔らかな眼球の二択で、どちらも精緻な剣技を要する。
一撃で仕留めるのは、一人前の修道騎士でも難しい相手だ。
躱しそこなった!
リュテは二体に肩と脇腹を咬まれ、宙空で引っ張り合われる形でぶら下がっている。
「まずいな、喰われてしまう!
院長は何を悠長に構えてるんだ!?」
二人の心配をよそに、リュテは素早く蛇の眼球に剣を突き立て、もう一体を狙う。
二体がリュテをくわえて拮抗し、双方が身動きを取れなくなった。リュテはその一瞬の隙を見逃さなかったようだ。
「あっ、あいつやるな! 頑張れ、王子!!」
唐突な大声にリュテと鋼鎧蛇が驚き、双方の動きが止まる。
蛇がわずかに先に動いた!
咬まれた肩口を振り回されたリュテの手から剣が飛んだ!
「馬鹿、大声を出すな!」
「いてっ!」
オービスはセイルの後頭を引っ叩き、腰の大剣を抜く。
「くそっ、やっぱりこうなったか!」
飛び出しざまに力技で鋼鎧蛇の一方を両断し、リュテの助太刀に入る。
「悪い!」
セイルは投剣でもう一体の鋼鎧蛇の眼を穿つ。
「大丈夫か!」
オービスが回り込み、他の鋼鎧蛇たちを次々に薙ぎ払う。
脇腹を押さえてうずくまるリュテに、セイルが駆け寄って治癒魔法を施す。
リュテは出血と蛇の毒で意識朦朧としている。
「院長! 合格前の子供にこの蛇、多すぎない?」
普段は院長を尊敬するセイルも、さすがに苛立っている。
リュテは正式な騎士試験を受けていない、見習いなのだ。この訓練は苛酷すぎる。
「最悪の結末を体験させただけだ。恐怖と痛みは習得を加速する。明日は一体から増やし、最終試験には今日と同じ四十」
「……院長、こいつにだけ厳しすぎないか?」
オービスも疑問を持ったようだ。
「素質には個人差がある」
「飛び抜けて強くなるってこと?」
「逆だ。飲み込みは早いが戦意は高くないから、油断して早死にする。適性がないからより鍛えねばならない。稼いでもらうには人の倍も手間がかかる。邪魔だな、持って帰れ」
院長は仕事が終わったとばかりに、剣を拭いて鞘に収めた。
*
「一人で一体は倒してたんだし、上等だと思うけどな。むしろ適性あるだろ。なにが気に入らないんだ?」
気絶したリュテをオービスが担ぎ、部屋に送る途中で、またセイルの悪い虫が動き出した。
度が過ぎたお節介と好奇心。
オービスはリュテをベッドに横たえながら、
「だから、もう首を突っ込むな。おまえの好奇心は命に関わるぞ!」
とたしなめた。
『あるじぃぃいい!! 蛇め、赤目め!
許さぬぞ! あるじ、目を覚まして我を呼んでくだされ――――!!』
地下では例の如く魔剣が絶叫していたが、その存在に気づく者はいなかった。
☆やんちゃなセイル、次回も登場します。




