第3話 ラキと営業さん(1)
ぼくは最近、不思議な夢を見るんだ。
ぼくのいる国とは全く違う世界の夢だ。
*
俺はインフラIT商社の営業さんだ!
インフラがなにかって?
ざっくりいうと道路や上下水道の設備とか。
みんなの税金で町を良くして、未来に残す!
それがインフラ整備だ。
その現場作業を楽チンにするアプリを売るのが俺の仕事。
みんなのお役に立つ!
仲間が作ったスゲー良い商品!
自信を持ってお勧めするぜ!
俺は、営業の仕事が大好きなんだ!
今日も明け方まで書類を作り、食パンをくわえてアパートを出る!
しまった!
徹夜明けで注意力が落ちてたか!?
停車したタクシーの陰から車が飛び出してきた。
衝撃のあと、俺の視界は横転。
意識が途切れた。
*
…………
……
「うわぁあ!」
四角い魔物に、はねられた!
ぼくは、ベッドから飛び起きて、辺りを見回した。
「……あれ?」
……修道院の自室のベッドに、ぼくは寝てた。
部屋に着いたら気が抜けて、倒れたのか。
サイドテーブルに夕食と水差しが用意されてる。夕食の時間を過ぎてしまったみたいだ。
夢にしては、すごくリアルだったな。
なんだあれ……?
初めて見た。
魔物か?
いや、小さな部屋に窓ガラスがついた乗り物に見えなくもない……?
あと、あの男の人。
前も、どこかで会ったことあるような?
……まだ心臓がドキドキしてる。
いつも氷剣の騎士の夢ばかりだったのに、最近ほんとに変な夢を見るんだ。
緊張を鎮めるため水差しを取ったところに、
「リュテー!」
ラキが半泣きで抱きついてきた。
そういえば、服の泥が洗濯魔法で綺麗になってた。
訓練のあと、ぼくは疲れきって倒れたみたいだ。ラキが手当てしてくれたっぽい。
「体中アザだらけで、血もついてたよ!
死んじゃったのかと心配したんだから!」
ラキは先生の娘で男装の小姓。
先生の秘書みたいな仕事をしてる。
ぼくよりひとつ上の13歳。
桜色の髪に紅い大きな瞳が可愛い、見た目よりも、少し中身が幼い女の子だ。
「ケガは治ってたけど、あんなに血が出るなんて、もしかしてお父さんにいじめられてる?」
ラキは勘がいい。
抱きついたまま、疑うように見上げてくる。
うん、そうだよ。
今日も容赦なくボコボコだった。
吹っ飛ばされて頭を打ったし、倒れたとき鳩尾を踏まれて吐いた。
ラキには悪いけど、本物の鬼だよあの人。
ぼくの母上は『妖精姫』と呼ばれる、絶世の美女だ。
その母上そっくりの可愛いぼくを容赦なく踏むなんて、人間の感覚じゃなくない?
もちろん、ラキには言えないけど。
「……ううん。生き残れるように、鍛えてくれてるんだ。ぼくは副院長だから、他の騎士より弱いと示しがつかないしね」
現在の王である叔父が、幼いぼくを処刑せず、年に見合わない副院長の役職をつけたのは、体面を保つためだろう。
事実上は幽閉だし、実際は見習い騎士として訓練中。ほんとに形だけの役職だ。
ぼくは、母上とミュゼを助けたい。
でもぼくの記憶だと、氷河の魔剣がつくる氷像はぜんぜん溶けないんだ。
父上の像がそうだった。
母上を助けるには、あの騎士に魔法を解かせるか、氷剣を奪わなきゃならないはずだ。
そのために、どうしても強くならなきゃいけない。
だから、先生に感謝してるのは本当。
絶対いつか、ギャフンて言わせるけどね。
「リュテは健気だねぇ。大好き!」
ラキがまた、ぼくに抱きついた。
ラキもお花のいい匂いがする。
ラキの母親も樹木の精霊だからだ。
ぼくの母上もそうだったな。
いつも甘い香りがして、大好きだった。
「うん。そうだよね! お父さんがリュテに意地悪するはずない。強くて優しくて、かっこいい人だもん!」
ラキは父親を尊敬しているけど、先生はどちらかといえば悪い噂の多い人だ。
食堂を通ると、よく皆が不満を漏らしてる。
これも、ラキには言わないけど。
「また怪我人のふりしてサボってるのか。素質ないな、おまえ」
カラムが入ってきて、ぼくの食事の皿からパンを取って食べた。
「あっ、リュテのぶんを取らないで!
食堂に自分のがあるでしょ?」
「足りるか。塩水みたいな野菜スープに、堅パンが一切れだぞ。魔物討伐で稼いだ大金、おまえの親父はどこに隠してんだろうな?」
そう。
ぼくが囚人でありながら騎士として鍛えられる理由は、それだ。
騎士修道院は、魔物討伐の機関だ。
冒険者では対処しきれない、強力な魔物を狩るために修道騎士が育てられる。
「やめて!」
カラムがラキの顔に触れようとしたから、ぼくが間に割りこんだ。
「お父さんの秘密、ちょーっとだけ教えてくれたら、おじさんおこづかいあげるんだけどな」
「しつこい、お父さんに言いつけるよ!」
強気に言いつつも、ラキはぼくの背中に隠れて出てこない。
「ふん、リュテ。こんなに可愛いのに、男に生まれたのが残念だったな。おまえじゃなく、妹の方が来ればよかったのになあ」
妹だったら……?
それ以上言ったら殴る!
……いや、歯を食いしばれ。
怒ると何をしでかすかわからないのが、ぼくのチャームポイント。
毎回、先生に注意されてるんだ。
慎重にならなきゃ。
前王派の監獄の、カラムは監視だ。
この男に睨まれるのはまずい。
カラムはときどき、ぼくを試す。
ぼくが王への敵意を持っていないか。
ぼくをいじめて、謀反を企む前王派の人間が釣れないかどうかを。
「ううん。ぼく、お金はいらないよ!
修道院から出られなくて、買い物も出来ないし。だからカラム、ぼくのパン取らないで」
ぼくは、幼く愚かなふりをする。
人より小柄だし何より、ぼくは可愛い。
あざとさで乗りこえるのだ。
「……そうだな。おまえは顔は可愛いが、弱くて頭も悪い。ま、だからこそ、元王子なのに処刑されずに済んだ。王に感謝を忘れるなよ」
「はい、カラム! だからパン返し……あっ、全部食べるなんてひどいー!」
高笑いしながら、カラムが出ていく。
パンはともかく。
あの男がラキに近づくのは気分が悪い。
いや、パンのことも許さないけどね?
「ラキ。カラムに意地悪されたら困るから、ひとりにならないように気をつけるんだよ?」
「うん、リュテの部屋に入り浸るから大丈夫!」
「えっ、なんで嬉しそうなの。嫌な目にあったのに?」
カラムは執念深い。ぼくがいないところで今みたいに近寄られたら困るし、まあいいか。
……言われなくても静かにするよ、カラム。
おまえの前では。
母上と妹を取り返すまでは、無害で愚かな子供でいなくちゃ。
ぼくは、多くは望まない。
静かに、平穏に暮らせればそれでいいんだ。
…………いや、違うな。
助けたあとはギャフンだ。
先生とカラム、二人まとめてギャフン!
なんのクイズを出してやろうかな。
*
「おのれカラム、我が主のパンを奪うとは!!
貴様には必ずや天誅が下るであろう!
我はここですぞ、あるじぃぃぃぃぃいい!!
早くここから出してくだされえぇえ!!!」
*
……この声、なんだろう?
最近、地下から聞こえてくるおじさんの声。
すごく賑やかな人だけど、戒律を破って地下牢に入れられたのかな。
カラム、おじさんからもパンを取ったのかな。めっちゃ悔しがってるよ。可哀想に……。
おじさんのパンの仇も、ぼくがいつか、とってあげるからね!
☆次回、カラムにざまぁが…?




