第2話 騎士修道院へ
ぼくが六歳で、妹のミュゼが四歳のときだ。
「……なんて可愛いんだ。こんなに可愛い生き物が、この世に実在するなんて……!」
父上がぼくとミュゼを前にしゃがみこみ、ぼくたちに、交互に頬擦りしながら一人でぶつぶつ呟いていた。
「父上、髭が痛いからスリスリするのは、一日二回までにしてくれない?」
「そうよ、おとうさま。あそんでるひまがあるなら、ほうこくしょをよむべきよ」
ぼくは甘やかされて伸び伸び育っていたし、ミュゼは日に日に大人びてくる。
「いま、私のこと可愛いと言った!?」
父上の独り言に母上がグイグイ突っ込んでくるのは、いつものことだった。
「うん、シアエも可愛いよ(棒)。けど、今はこの子たちを見てくれ! 二人とも君にそっくりのミニチュアみたいじゃないか!
この先、二人が大きくなったらと思うとぼくは怖くて眠れなくなるんだよ!
特にミュゼ! 年頃になったら、砂糖の欠片に蟻がびっしりと集るみたいに、男が群がってくるのが想像できる!
なにか良からぬことを企む輩が現れるかもしれない。誘拐、壁ドン、お姫さま抱っこ!?
想像しただけでぼくは……!」
「まだ四歳よ? 安心して、私の美しさには及ばないわ。私に瓜二つとはいえ、まだまだ小娘だもの!」
ちょっと雑だったけど父上に褒められた母上には、精神的な余裕がある。
「そうよ。おかあさまのびぼうには、ミュゼはぜんぜんかないませんことよ?」
「知ってるわ!」
なんてことだ。ちょっとめんどくさい両親に気を使って、ミュゼは空気が読める賢い子に育っていったのだ。
母上は樹木の精霊だから、ぼくもミュゼも小さいうちから人の心が読めた。
「はっ、そうだ! 今から剣術や体術を習わせよう! しつこい男に絡まれたとき、自衛できなきゃ危ない!
ロンサール、剣術と体術の教師を手配してくれ! 最高の魔術師もだ、精神攻撃耐性もつけさせなきゃいけないからね!」
「御意に。そのようなこともあろうかと、リストを制作してあります。お選びください」
「おお! さすがぼくの親友だね、ぼくよりもぼくを把握してる!」
ロンサールさんが小脇に抱えていた書類をさっと差し出すと父上は喜び、この日のうちに王都で一番の教師をミュゼとぼくにつけさせた。
父上は親バカだった。
「ロンサールさんに、もうしわけないわ」
「ほんとだね」
*
ぼくの幼少期の記憶は、このあとから少し曖昧だ。ところどころ、大きく欠落している。
叔父の謀反でぼくの家族を取り巻く環境がガラリと変わってしまった。そのショックのせいかもしれない。
両親と妹と過ごした最後の日。
父上の居室が包囲されて兵士たちがなだれ込んで来る前に、父上はぼくを優しく抱きしめて言った。
「いいかい、リュテ。よくお聞き。ぼくも母上も、君を愛している。それだけは忘れないでくれ。この先、どんなことがあっても、人を憎んではいけないよ。そして、『首輪』が取れるまで、誰も信じてはいけない」
いつも泣き虫の父上は笑顔でぼくの頬を撫で、いつも気丈な母が泣きながらミュゼを抱きしめていた。
あの日、父上の部屋に仮面の騎士が現れた。
その手には、父上のものだった氷の魔剣が握られ、ぼくの目の前で両親は氷像に変えられた。
美しい母の像は、王宮に運ばれていった。
叔父上の寝室に飾られるんだと、兵士たちの会話で知った。
五歳になったばかりの妹のミュゼは、新しい王女の侍女にすると連れ去られてしまった。
父上の処刑に立ち会わされたとき、ぼくは、まだ七歳だった。
父上の像は議事堂の広場に引き立てられて、公衆の面前で叔父上に砕かれた。
泣き叫ぶぼくの首には隷属の首輪が嵌められ、生涯幽閉されることが決まった。
騎士修道院という、王族や貴族の犯罪者を入れる監獄のような場所に。
そう。あの聖器庫のある修道院だ。
*
いまでも、夢に見る。
仮面の騎士が持っていた氷剣。
切っ先を向けられたときの、背筋の冷たさ。
ぼくは、一生忘れない。
…………
……
―――って、冷たっ!
物理的に冷たい!?
ぼくは、悲鳴をあげて飛び起きた。
「ぎゃー! 冷た、あばばばぶぶーっ!!」
気づくと、闘技場の床に横たわってた。
石床も灰色の修道士服も、ビショビショで冷たい。
ぼくと同じ修道士服を着た男が、剣を持って見下ろしている。
ぼく、気絶して水かけられたんだ!
とっさに身を起こして、剣を構え直した。
「訓練中に居眠りするな。実戦なら即死だぞ」
黒髪白晳。
見下すような紅い瞳。
いかにも武門貴族という感じのこの人は、院長ギルフェレス。
ぼくの剣術の先生。
要約するね。
鬼の擬人化です。
ぼくはいま、この監獄みたいな場所で逞しく元気に生きてます。
うわっ!
先生の激しい斬撃がきた!
先生もぼくも訓練用の木剣を使ってる。
だけど、一撃一撃がすごく重い!
気を抜くと剣が弾き飛ばされる。
柄をしっかり握って、両足に力を込める。
そこに足払い!
避け損なった足を踏まれた!
躱した先に短剣が飛来!
体を捻ったけど避けきれない!
脛をかすった!
後ろに転ぶ!
鳩尾を容赦なく踏まれる!
「うあっ!」
痛すぎて息できないっ!
涙でた!
悲鳴をあげて、うずくまるぼくに、
「実戦なら即死の痛みだ、その身に刻め」
と、先生が即座に治癒魔法をかけてくる。
優しさじゃないよ。
恐ろしい効率主義者なだけです!
「不満を顔に出すな。おまえは、王に謀反を疑われる立場だ。長生きしたければ、愚かな子供を装え」
ぼくの恨みの視線を無視して、先生は切っ先を向けてくる。
目つきも口も悪いけど、ぼくを長生きさせようとしてるのは、わかる。
「……先生、ぼくのこと心配?」
「早死にされると、育てた手間が無駄になる。早く一人前の騎士になって稼ぎを俺に貢げ」
先生が、さっきより少し短めの木剣二本を投げてくる。
うん。確認したけど鬼だった。
「次は双剣の復習と、ここでクイズだ」
「クイズ!?
今、それどころじゃないんですけど!?」
双剣を構えるぼく。
先生も双剣で容赦ない連撃を浴びせる。
双剣は片方で受けつつ、片方で斬れるから、多彩な攻撃ができる。
長剣より小回りもきいて、動きが読まれにくいし、ぼくには扱いやすい。
長剣よりこっちが合うかもしれない!
今日こそギャフンて言わせるっ!
「さっきの短剣には、なんの毒が塗られていたか。またその解毒方法は」
「えっ、あっ、毒!?」
あれっ、そういえば口が乾く……?
指先が痺れて眼がかすんで、なんかハァハァするような!?
「気をそらすな!」
動きが止まったところに一撃!
慌てたら剣が弾き飛ばされ、とっさに腕で受けてしまった。
「痛ーい!!」
倒れたけどすぐ転がって避けた!
今度は鳩尾、踏まれなかったぞ!
でも、先生は言葉責めも容赦ない。
「バカか。治癒魔法をかけた後に、毒が残っているか」
「先生、ずるい! 意地悪だ! 途中までいい感じだったのに!」
引っかけられた。
たぶん毒は最初から使ってない!
「心理戦に弱いな。だが、身のこなしは、まあまあか……」
と油断させ、また鳩尾に木剣の突き!
来ると思った!
ぼくは横に躱しざま、先生の剣を跳ね上げた。
「戦闘は騙し合い、腹の探り合いだ。常に裏を読め。今のように、目線や言葉で望む方向へ誘導しろ」
疲労でへたり込むぼくの横に、本が投げられた。薬学と治癒魔法の本だ。
「次から毒と真剣を使う。治癒を覚えてこないと死ぬぞ」
今日も容赦なくボコボコにされた。
でも、確実に成果は出てきてる。
次こそ先生にギャフンて言わせる!
ギャフンて言わせながら、クイズ出す!
絶対、強くなるんだ……。
母上と、妹を取り戻すために。
ぼくは、涙を拭って立ち上がった。
*
「あるじぃぃぃぃぃいい!!」
なんか、遠くで変なおじさんの声がする……
「我が名を呼んでくださいあるじぃぃぃい!!
おのれ、あの赤目の小童、我が主に無礼極まりない! 絶対に叩きのめす!!
ここから我を解放しろおぉぉぉぉお!!」
この時のぼくは、まだ知らなかった。
この声の主―――王を決める魔剣『雷霆』に、ぼくは、とんでもなく溺愛されて、望んでもいない王位につく羽目になる。
これは、すべてを奪われたぼくが、居場所と仲間を作り、やがて国を変えていく物語だ。
★次回、ラキと営業さんが登場!




