第36話 平穏
ミュゼの夢を見た。
ぼくが王宮の廊下からあの部屋に入ったら、ハイルがまたミュゼを怒らせて豚にされてた。
ドアの前には叔母上とアイラがいて、ガタガタ震えながら尻餅をついた。
ハイルは叔母上とアイラをはねながら、廊下を走ってどこかに行ってしまった。
小さく悲鳴をあげて這いずりながら、ふたりが逃げていく。
廊下の奥でも悲鳴が響く。
豚になったハイルが女の子を次々とはね飛ばして、階段を転げ落ちていった。
ミュゼが叩かれそうになったとき、ぼくは手を伸ばして止めようとしたんだよ。
まあ、ミュゼは強いから、ぼくの助けなんかぜんぜん必要なかったわけだけど。
ミュゼが昔のことを思い出して、また泣いてしまった。
泣かないで、ミュゼ。
ぼく、元気だよ。ちゃんと生きてる!
ラキに治してもらったんだ。
ぼくは、ミュゼを抱きしめる。
不思議だ。
いつもなら、夢の中ではぼくは誰かの中にいて、その人を体感しているようなのに。
『明晰夢』―――エイギョーさんを助けたときに彼から流れ込んだ知識に、そういう概念があった。
手触りも意識もとてもリアルな夢だ。
眠ったはずなのに、なぜか起きている自覚もある。
「お兄さま、わたしもこの通り元気ですわ!
だって、お兄さまと会えたんですもの!
このまえお兄さまにもらった髪の毛が、さっそく役に立ったわ!」
ミュゼは涙を拭きながら嬉しそうに笑って、ポシェットからぼくの髪の毛を取り出した。
え。待って、どういうこと?
「どうぞ」
ミュゼは話しながら、ぼくのクリーム色の髪の毛を自分の耳元に運ぶ。
ミュゼの耳には金のピアスが揺れている。
小さい剣みたいな形をしてるよ。
「ねえお兄さま、相談なんだけど」
剣の鞘についたドアから小人が出て来た!
トンボの羽がついた小さな妖精!
ミュゼの肩にとまり、ぼくの髪の毛を藁でも運ぶようにして剣の中に運び込んでくよ!?
「お母さまの氷像は王室の転移陣で運ぶとして、輸送経路が長くて。姿を見られずに運ぶ方法を考えてくださいません?」
「え、あ、うん。ぼくも同じこと考えてたよ。認識阻害や透明化グッズを準備するから、もう少し待ってて……」
ミニ妖精が気になって仕方ない。
話が頭に入ってこない。
ぼくの髪の毛、どうする気だろう。
……いや、まさかね?
それ、魔剣じゃないよね?
またドアが開いた!
『うふふ、お久しぶりです主さま。招待に応じて下さってありがとう!絹糸みたいな髪の毛もたくさん頂いて!
新規契約の証として、ミュゼさまは引き続きわたしがお守りしますわ!』
いや、誰?
新規契約ってなんの!?
『わたしの名前は「平穏」。
お忘れでも仕方ないわ。わたしは《《記憶を操るのも得意》》なの!』
言い方、気になるな。
「も」ってなんだろう?
『メインは豚のほうよ』
メインそっち!?
『平穏』て名前、あってる!?
『ええ。催眠で心を奪い、うるさい人間を豚に変えればこの世は平穏になるの』
暴論すぎない!?
『わたしの前の主はあなたのお母様よ。目覚めたらまた、忘れてしまうのでしょうけど』
う、うん。
ぼくは夢の内容を、起きたら忘れてしまう。
忘れない方法、ないの?
『あなたはお母様の血を濃く引いている。覚えていない方が幸せなことは、この世には多いのよ。……だから《《私たち》》が存在するの』
「スミレギスの王は、護国九剣のどれかに選ばれて主になるんでしょう?
父上の剣はどれだったの?ぼく、覚えてないんだ。それほど幼くもなかったのに……」
『氷河よ。お父様は、心の温かな方だった。氷河は自分の冷たさで自分も凍えてしまうから、温かな人を好むの』
ぼくは、父上の次に先生の顔を思い出した。
温かな人。
「それならどうして、父上でなく先生が氷河を持ってるの?」
『その首輪のせいよ。あなたが人質になったから、お父様は氷河を棄ててあなたを守ったの。
お父様が棄てれば、氷河に選ばれるとでも思ったのかしら。結局氷河は《《あの男》》ではなく、《《女王の王配を選んだ》》のだけどね』
ぼくが人質に?
ぼくのせいで父上が、……死んだってこと?
嘘、だよね……?
『女王の王配』ってなに?
『女王』は、どこの女王?
ぼくは混乱していた。
『主が先生と呼ぶ男よ。精霊女王様の夫、ギルフェレス。あなたのお母様が精霊女王の娘だから、肩書き的には祖父?』
おじいちゃん!!
初耳!!
「えっ、先生はいくつ……」
『もう夜が明けて主の本体が目覚めそうね』
フル無視されたね。
主だけどね?
平穏がそういうと、ミュゼが剣型ピアスの片方を外して、ぼくの耳のピアスと付け替えた。
……そう。平穏はピアス型。
二つで一組の双剣だった。
『よろしくね主! 私は『平穏』、トランキリタスとは双子なの。精神操作系の魔法なら任せてね!』
うん、よろしく。
精神魔法……って。
もしかして認識阻害のアイテムとか……。
『うふふ。その道のプロよ、任せて! でも、ごめんね。わたし、豚は無理なの』
あっ、うん、大丈夫。
あれは心臓に悪いし。
よかった、これで母上救出の目処がついた!
でも。
どおりで護国九剣、中途半端だと思ったよ。
護国十剣じゃん!
『『九本で合ってるわよ?』』
えっ? でも建国記には九本て書いてたけどベネディクタスをいれると……。
『『『祝福』が目覚めちゃったの!?』』
えっ? うん。ていうか最初からいたよ。
『悪いことは言わないわ。あの剣は噴火口にでも棄てなさい。あれは『殉教者の聖剣』。主の命を脅かす恐ろしい剣なの!』
ええっ!?
もっと聞きたいことあったのに、ぼくの意識は遠くなってしまった。
…………
……
―――――
ミュゼの夢を見た。
今日もいい朝だ! 図書館で資料集めしよう。
☆豚を覗き込むとき、豚もまたこちらを覗いているのだ。 byリューチェ




