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第35話 閑話 ミュゼの視点



 王宮の別棟、北翼三階は使用人や侍女たちの宿舎となっている。ミュゼの部屋はその角にあった。


 ミュゼが従姉である現王女アイラの侍女になったのは五年前、五歳の頃のことだ。


 侍女《コンパニオン》は召使《メイド》とは違い、雑用などは一切せず、王女の話し相手や秘書的な役割を担う存在。


 王侯貴族は基本的に知識レベルの釣り合う、近しい階級の人間としか会話はしない。


 王女にはその親族として修道院長の娘ラキらがいたが、謀反の際に幼いミュゼの処遇を案じた現王妃やアイラの懇願でミュゼが宛がわれたのである。


 王が前王妃に懸想していることは王妃もよく知っていた。母親似のミュゼは、王妃母子の善良な人柄に救われたと言える。


――――


 その日、ミュゼが仕事を終えて自室に戻ると、ハイル王子が仁王立ちで待ち構えていた。


「おいミュゼ! 父上が部下に命じてリュテを処刑したこと、知ってるか?」


 ハイルはまるで、自分の手柄かのように高揚した声でリュテの死を告げた。


 彼にしてみれば、自分より優れた美しいあの従弟は、つねに自分の矜持を傷つける比較対象だった。


 消えてくれてせいせいした、というのが本心だったのだ。


「……はい、使用人が噂していましたので。

お話がそれだけなら、ほかの侍女や使用人に迷惑なので、もう来ないでくださいます?」


 姉のアイラは穏やかな性質であったが、弟王子のハイルは父親の権力を笠に着て、目下をいじめるところが昔からあった。


 男子禁制の宿舎にも、こうして衛兵を押し切って上がり込むので、侍女や使用人たちはとても迷惑がっている。


「なんて冷たい女だ、兄が死んだんだぞ?

もっと泣きわめくとかするだろ、ふつう?」


 ミュゼは嫌悪感で眉をひそめながらも、礼を失しないよう努めていた。


「その生意気な態度も気に入らない! 次期国王の俺が、身寄りのない罪人の娘のおまえと結婚してやるというんだ、もっと喜ぶべきだろ!?」


 だが、激昂したハイルに突き飛ばされて、押さえ込んでいた怒りと悲しみが噴出した。


「身寄りのない罪人の? 自分を棚にあげてなにを言ってるの? わたしの家族を奪ったのはおまえの父親よ! 謀叛人《むほんにん》の実兄殺し。罪人はあなたの一族じゃない!」


「この……!!」


 口では反撃できないハイルがミュゼの頬を叩こうとしたが、ミュゼはその手を軽くいなして足払いで倒し、王子の腹に正拳を叩き込んだ。


 うずくまって呻くハイルに、虚空から光る弓矢を取り出して見せる。


「ハイルお兄さまは本当に物覚えが悪いのね。わたしに一度でも勝てたことがある?

 もうわたしにつきまとわないで。リュテお兄さまのお名前を呼ぶのも禁止よ」


『次に《《我が主》》の御名を汚したら、二度と人間に戻れないわよ?』


 も(・)う(・)一(・)人(・)の声は、ミュゼのお守りのピアスから聞こえた。


 光の矢が額を射貫くと、ハイルはまた豚に変身して走り去っていく。


 涙を拭いて身なりを整える。

兄リュテは意外とたくましいところがある。


 自分のように可愛い妹を残して、簡単に死ぬはずがない。


 ドアのそとで一連の様子を覗いていたアイラ王女、王妃の二人と目が合った。


 ミュゼはなにごともなかったように、


「なにか?」


 と優雅に微笑む。



 小首をかしげると、黄金のピアスが灯火で光りながら揺れる。


 小指ほどに小さな剣型のそれは、『平穏』と呼ばれる魔剣だった。



☆平穏編、続きます


 

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