第33話 おかえり
「弁えろ、小僧。おまえは俺が買った、俺の手駒だ。俺の立場を悪くしたり煩わせるなら、次は殺すぞ」
ぼくがなかなか泣きやまないので、先生は苛立ったのかもしれない。
なんと、ひとりで帰ってしまった!!
ぼくから合格祝いの仮面を取り上げて、そのおでこ辺りについた転移陣に手を突っ込んで、自分だけ!!
ぱさっと草の上に落ちた仮面を拾って、ぼくは呆然としたよ。
しかも、どういう仕組みかわかんないけど、ぼくが触っても出入りなんか出来ない。
「ひどくない、トニトルス!? 泣いてる子供を、真っ暗な夜の森に置き去りだよ!!
しかも、冷静になってみると怖いよね?
ぼくの仮面から飛び出して来たんだよ。なんか悪魔召喚の儀式みたいじゃなかった?
これ、ぼくいつも顔につけてて、ほんとに大丈夫なやつなの!?
……そういえばミスリル、この転移陣のこと、修道院最恐の呪物とか言ってたような?
えっ、あの人ほんとに人間なのかな?」
「大事な客人を置いて、それでも主を迎えに来たのだ。我は好ましいと思いますぞ!」
「そうだけど、ひどい。ぼく、夜にひとりで外出したことないんだ。真っ暗な森は怖いよ!」
瘴気と呪いに溢れた精霊の森は、こことは逆方向。
でも、遠くから狼の遠吠えと、かすかな精霊の泣き声が聞こえる。
「お任せあれ! 何かあらば我が主をお守り致しますぞ! わはははは!!」
「トニトルスがうるさくしたら、また王宮の人が見にきちゃうよ。それは困る!」
「では、何か楽しい話でもしながら帰りましょう。主は何がお好きですかな?」
「ぼく? ぼくはパンが好きだよ。あと……パンとラキも好きだし、本も好き。あと、セイルとオービスとエギルと……」
修道院までは一本道。
幸い星の明るい夜だし、迷うこともない。
ずっとあそこを逃げ出そうと考えてたのに、今は一刻も早く帰りたいって思ってるのが不思議だ。
森の道には民家の灯りがなくて暗いから、星がよく見えた。
黒い天幕に穴を開けたみたいに、たくさんの銀色が光ってる。
「……世界って、大きくて広いんだな……」
「うむ! 同感ですな、主。世界は広い!!」
ぼくたちは満天の星を見上げて、しばらく立ちつくした。
「ねえ、トニトルスは何が好きなの?」
「我の趣味は妄想ですな!」
「ああ、わかる! ひとりであんまり退屈だといろんな楽しい妄想がはかどるよね!」
ぼくとトニトルスは、境遇がとても似てる。
少し親近感を覚えた。
「うむ! 二百数十年もの孤独を埋めるために、我は理想の主とはどんなひとなのか、ずっと考えてきたのです!」
ぼくはドキドキした。
この調子なら仲よくなれそうだけど、『理想の主』とか言われたら緊張してしまうよ。
「気の強い女騎士に振り回されたい(物理)!
清楚な姫君にいやいや握られたい(物理)!
鬼嫁の尻に敷かれたり(物理)、ちょっと年上のお姉さんの掌で転がされたい(物理)!
そんな妄想を支えに暗闇で耐えてきたのです」
「……うん……? よくわかんないけど、トニトルスはお姉さんが好きなんだね?」
「さよう!!」
ぼく、なんで合格したのかな。
理想の主には、なれなそうだけど。
「あっ、ぼくね、たまにキャバクラでお仕事することあるんだよ。すてきなお姉さんがいっぱいで、フルーツが美味しいところなんだ!」
「なんと! 聖典の天国楽土そのものではありませぬか! 何とぞ、何とぞ、我もお連れください主よ!」
森が開けて、修道院の明かりが見えてきた。
前庭から黒い犬たちを先頭に、ランプを持ったセイル、オービス、ラキが走ってくる。
「暗いんだから、走ったらあぶないよ、ラキ!」
ラキが抱きついてきて、ぼくはうしろによろめいた。犬たちが飛びついてくる。
「おかえりなさい、リュテ。ごはんできてるから、いっしょに食べよ?」
「修道院、派手にぶっ壊したな! なにがあったか、詳しく!!」
セイルに頭をくしゃくしゃにされた。
「やめろセイル、思い出しちゃうだろ」
オービスが、セイルをたしなめる。
ミスリルが魔法で建物を修復しながら振り向き、
「おかえりなさい。そのうしろの方々を今度紹介してくださいね」
と研究者の好奇心丸出しで微笑んだ。
「腹、減ってるだろ。ほら、パン屋から貰ってきた。食え」
エギルがパンの詰まった紙袋を放って寄越す。どうみても、サービスの量じゃないよ。
瓦礫の下から魔剣たちが、
「かくれんぼは、もう終わりましたか主!」
と姿をみせる。
……心の中が、すごくあったかい。
ぼくは、みんなが大好きだ。
ずっとここにいたい。
あんなに孤独で、いつも逃げ出したいと思ってた場所なのに、いつの間にかここがぼくの家で、心の拠り所になっていた。
「ただいま!」
ぼくはまた、涙が止まらなくなってしまった。
第一章 完
☆第二章は魔物討伐、魔剣クラフトが開始です。
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