第29話 尋問
夢を見た。
氷剣の騎士が、ぼくの両親を氷像に変えた。
いつもと同じ夢を見た。
蒼い切っ先が首筋に触れ、ぼくの皮膚は少しずつ凍る。
こめかみと側頭部が冷えてガンガンと痛み、寒さで肩や膝が勝手に震えだす。
「雷霆は建国から伝わる『戴冠宝器』。雷霆の所持者は誰であろうと、国法で王と認められる。剣の主となった経緯を話せ」
ああ、夢じゃなかった。
ぼくはいま、先生に尋問されている。
修道院が吹っ飛んで割とすぐ、先生は何もない空間から煙みたいにスッと現れた。
一瞥して雷霆を認め、すべて察したみたい。ぼくを捕まえて、無事だった食堂の椅子に一瞬で括りつけた。
詰問されながら、怖くて一瞬気絶して、夢を見たのかもしれない。
「何かの間違いです。自然現象、とか……?
雷は高いところに落ちやすいっていうし」
「鐘楼には避雷針がある。あの大鐘は『不動の万雷』と呼ばれ、過去二百年以上前から鳴った記録はない。雷霆が主を決めた時以外にはな」
先生が、鋭い赤い眼光をこちらに向けた。
その手には長い針が握られていて、切っ先がぼくに突き立てられる――と身構えた瞬間、紫の光が破裂した。
「我が主に仇なすならば、氷河の主といえども容赦はしない!!!」
証拠隠滅のため、瓦礫の向こうに蹴り飛ばした雷霆が戻ってきてしまった!
ぼくと先生のあいだでビリビリと音をたてながら、小さく紫電を放っている。
空気読んで、雷霆!
演技台無しだよ!
先生は特に驚く風もない。
「隷属の首輪で魔力が内攻し、体に負荷がかかっている。制御ピアスをつけるから寝ていろ」
冷え冷えになったぼくの耳朶に針を刺し、魔昌石のピアスを突き通した。
「へっ? じゃあこれ、拷問じゃないの!?
いっ、痛いよ! 何回さす気!?」
「拷問したところで結果が変わる訳でもあるまい。
体内に溜まった魔力を吸い出すのに必要なだけ着ける。四個だ」
「痛ーいっ! もういい、大丈夫ですっ!!」
針を刺すたびに治癒魔法かけてくれるけど、刺される恐怖がそれで消える訳じゃないから!
「……うぇえっ!?」
さっき雷霆が、先生から弾き飛ばした氷剣!
雷霆に弾かれて先生のうしろに飛んでいったのに、なぜか空中で軌道を変えてぼくの膝に乗ってきた!!
「俺は氷河。俺を配下に加えろ。おまえに近づくため仮の主に利用したまでで叛意はない」
なんて清々しい裏切り!!
こいつは絶対部下にしたらいけないやつだ!
……うん!?
ちょっと目を離した隙に、ぼくの膝には剣が山積みになっていく。
穴の下から這い出して、みんなこっちに飛んでくる!
「やめてよ、縛られてて避けられないんだ!
こっち来ないでー!!」
あっ、すごく小さい短剣が、叫びながら勢いよく飛んできて、氷河に叩き落とされた。
フラフラしながら、またこっちに飛んできたのを、氷河が叩き落とす!
「やめろ、グラキアリス! 小さいのをしつこくいじめるな!」
弾き飛ばされた短剣はめそめそ泣きながら、なぜか先生の周りをトコトコと一周……?
そして、やっぱりぼくの膝にのってきた。
なんか、ちょっと可愛いけど。
えっ、何しに行ったの、……いま?
いつも冷静かつ無表情の先生が、怒った猫みたいに目を見開いてこっちを見てる。
なに、その表情!?
見たことない顔だから対応に困るんだけど!
氷河の短剣いじめが止まらない。
カン!
って音がして、短剣が修道院の敷地外に弾き飛ばされた!
明らかに体格差があるのに、小さいのを容赦なく叩きのめす感じ、見てて居たたまれない!
「グラキアリス!! やめろってば!!」
………………ん?
…………あれっ?
護国九剣は剣に名前を捧げられ、名を呼び返すと主従関係になるんだよね。
……ぼく、名前呼んだよね。二回くらい。
主の……先生の目の前で裏切らせて……。
……………奪った?
(俺に不利益を与えるなら殺す)
……これ、……こ、殺されるやつ……!!
「すみませんすみませんぼく嘘つきました!
なんか夢中で助けを呼んだらトニトルスが来てくれて、あとベネディクタスを助けようと思っただけで、グラキアリスはすごく欲しかったけどこんな形で奪い取るつもりはなかったというか、すごく苦手なタイプなのでぼくとしても返したいっていうか……!」
必死に先生に訴えるぼくの膝で、
「バカか、もう契約は完了した。俺の主はおまえだ、覆りはしない。母親を解凍するには俺の力が必要なのだ。むしろ土下座して懇願すべきだろう」
氷河が主をバカ呼ばわりしてくる!!
冷徹で暴力的で、腹が読めない感じ。
……誰かに似てるな?
この口調、どっかで聞き覚えあるよ?
……やだ、この剣。すごく苦手。
なぜか鳩尾がキリキリしてくる。
「現存の護国剣、全部、……だと……」
先生は、何かひとりごとを言ってる。
ぼくの声、聞こえなかったのかな?
少しだけ大きな声で呼んだ。
「先生の不《・》際がばれる前にっ!
ぜんぶ捨てに行きましょう、裏の崖とかに!
先生もぼくも安心、名案でしょ!?」
先生は諦めたような息をついて、ぼくにデコピンした。
「痛ーい!!」
痛さが尋常じゃない!!
ぼくの頭、割れてない!?
「雷霆も鐘も、王都中に鳴り響いた。事実は隠しようがない。正当な王統のおまえは真っ先に疑われ、処刑は免れえない」
「トニトルス!その辺に突き刺さって、王の役人がぼくにおまえを持たせようとしたら、ぼくを雷撃で拒否して!」
「御意に! 主を傷つけたくないが、ご事情とあらば!」
「他のみんなも人前でぼくに寄ってこないで。
グラキアリスは今まで通り先生と行動を共にして、ぼくには近づかないで。解散っ!!」
剣たちは散り散りに瓦礫に隠れ、グラキアリスはしぶしぶ先生の腰の鞘に戻る。
「まず役人をやり過ごして、王家が犯人捜しをはじめたら雷霆の模造品をばらまきましょう!
要は容疑者が多すぎて、特定できなければいいんだ!」
「こんなときばかり、頭と口がよくまわる。
それで、ベネディクタスとは誰だ?」
ベネディクタス……『祝福』は、また人間の姿に戻って先生の横に立っていた。
日差しの中、嬉しそうにこっちをみてる。
「あっ、聖剣なんですけど普段は人の姿です。
認識阻害で、ぼく以外に見えないみたいで」
「聖……剣……?」
あれっ? 先生も知らなかったのかな?
常に無表情の先生には珍しく、眉を寄せて固まってしまった。
「リュテ! お父さん!」
「リュテ!」
「大丈夫だったか!?」
町へと続く道の方からラキとミスリル、オービスが慌てて走ってくる。
「すごい雷だったが、えっ、直撃したのか?」
オービスが青ざめて辺りを見渡す。
無理もない。
修道院は見る影もなく破壊され尽くしてる。
「『不動の万雷』……まさか本当に雷霆が?」
いつも冷静なミスリルが頬を紅潮させ、珍しく笑みまで浮かべて辺りを見回してる。
ラキは縛られたぼくと先生を交互に見比べ、
「お父さん、なんでリュテを縛ってるの?」
と先生を責めようとしたけど、ぼくの耳のピアスを見て納得したみたいだった。
「しかし、盛大に壊れましたね!! 直すのに何時間掛かることか……!! で、雷霆様はっ!?
伝説の魔剣様はどちらにっ!?」
あれっ?
ミスリルこんなに騒がしい人だったっけ?
「聞いているか、ミスリル。現場を保全しろ。補修は後でいい」
「はい! 事故現場の記録も撮っておかなければ!
二百七十七年ぶりの雷霆様の御復活!! これは貴重な資料になりますね、院長~!!」
「……ミスリルは、護国魔剣オタクなの」
ラキがぼくの縄をほどきながら小声で教えてくれた。
ミスリルが雷霆が突き刺さった瓦礫の山の方へ、奇声をあげて駆け寄っていく。
あっ、なんか拝みはじめた!
「へ、へぇ……そうなんだ……」
『オタク』って、なんだろう??
ぼくのピアスの処置を終えると、先生は一階の床に残った消し炭たちや庭で倒れていた男たちを検視し始めた。
「ねえ先生、その人たち蘇生できるよね?」
「バカか。雷霆を盗もうとして逆鱗に触れて死んだ『証拠品』だ。蘇生の必要はない」
「でも、ぼくがいなきゃ死なずに済んだ!」
先生はぼくの言葉は無視したけど、ぼくが縛られてた腕を擦ってたのを見て、ぼくに完全回復の魔法をかけてくれた。
耳朶も、男たちに蹴られたところも痛くなくなった。
「……ありがとう、先生」
先生はいつも通りの無表情で、ぼくをチラ見したあと、
「……じきに王の伝令が、魔剣の主の捜索に来るだろう。雷霆の主及びその他の護国魔剣の所在については、当院の預かり知るところではない。おまえたちも他言は無用だ」
みんなに箝口令をしいた。
ラキとオービスは神妙な顔で、ミスリルはそわそわ見回しながら頷いた。
王の伝令が来たのは、そのすぐあとだった。
☆次回、王の伝令が……




