第30話 涙
修道院に、王の伝令がふたり駆けつけた。
修道院の惨状を改めて確認し、みんなが瓦礫に座り込んでいた時だった。
「王命である、頭を垂れよ」
伝令が王令の紙を開いて読み上げる。
「廃王子リュテは「雷霆」を奪い、国家転覆を目論んだ疑いがある。簒奪の意思がなければ、雷霆を担当官吏に引き渡すよう、ここに王命をくだす」
きた!
ぼくは何も知らない風を装って伝令の指す方へ歩き、瓦礫に刺さる雷霆に手を伸ばした。
閃光と衝撃!
弾けるように、体がうしろにとんだ。
ぼくの体は、修道院の一部だけ残った白壁に叩きつけられ、しびれて動かない。
雷霆に触れた右手が黒く炭化し、全身に大火傷を負った。自分で頼んでおいてあれだけど、容赦ないなトニトルス……!!
神経まで焼けてしまったのか、痛みも感じない。
前に冒険者たちが言ってた。
主以外が魔剣に触れると、命に関わるようなケガをすると。
現に、カラムたちだって消し炭になった。
伝令たちはひそひそと話し合い、先生にもなにかを耳打ちした。
「王令は以上。謀反の疑いは晴れた。廃王子リュテは引き続き囚人として励むように」
来た道を早馬で帰っていく。
痛みがないとはいえ、早く完全回復魔法をかけてもらわないと、死ぬかもしれない。
屋根はどこも綺麗に吹っ飛んだし、壁も四方に飛び散ったとこが多いけど、部屋はそれほど汚れてない。
先生はぼくを抱きかかえて、ぼくの自室のベッドまで運んでくれた。でも、それだけだった。
なにもせずただ、ぼくを眺めている。
いつもなら、頼まなくても治療してくれるのに、今日はどうしたんだろう?
「俺にも、王命が下った」
それ、いまじゃなきゃダメな話なの?
「おまえをこのまま見殺しにして、王家の後顧の憂いを絶てと」
…………どういうこと?
意識が朦朧として思考がまとまらない。
「俺は、おまえを助けることは出来ない。
…………………………すまない」
先生は手で顔を覆ったけど、ぼく見えたよ。
涙、初めて見たよ。
先生は、ぼくに向かって手を伸ばしかけ、止めた。立ち上がり、振り向くことなく部屋を出て行ってしまった。
先生…………。
……どうして行ってしまうの?
ぼく、洗礼式の日に思ったんだ。
先生の役に立つことができれば、あの笑顔と優しい言葉を、ぼくにも向けてくれるかもしれないって。
ぼく、がんばったよね。
あの日から、ずっとがんばってきたよ。
七歳のぼくには先生の訓練がつらすぎて、ずっと死にたいと思ってた。
父上じゃなく、ぼくが死ねばよかったって、ずっと自分を責めてた。
だって、ぼくのそばには、もう誰もいない。
もう誰も守ってくれない。
もう誰も愛してくれない。
ぼく、ひとりぼっちだよ。
こんなに、こんなに、こんなにも苦しいのに、生きてく意味なんか見つけられないって。
先生は、そのとき言ってくれたでしょ?
「妹はいくつだ。おまえの助けを今かと待っているだろうに、泣いている暇があるのか?」
ぼく、気づいてたよ。
先生は、本当は優しい人かもしれないって。
だから、今まで頑張ってこれたんだ。
いつか妹に会うときに、ぼくが泣き虫だと心配させちゃう。
いつか妹に会うときのために、笑顔の練習をしておかなくちゃ。
だから、どんなにつらくても、毎日笑って生きてきた。
……視界が霞んできちゃった。
「……嘘でしょ、なに言ってるの?」
「助けて、お父さん……リュテを助けてよ……
見殺しなんていや!!」
ラキの声がした。
「リュテ!!」
ラキが泣き叫びながら走ってくる。
危ないよ。瓦礫がいっぱいあるのに。
感受性が強くて、すぐ気絶しちゃうくせに。
さっきも倒れてた。
なんで、目を醒ましちゃったの?
今のぼくには、……触れないで。
体の痛みは感じないのに、心が痛すぎる。
「…………! …………!!」
ごめんね。
もう、耳が聞こえない。
ラキの手が、ぼくに触れた。
ぼくの意識は、ここで途絶えた。
☆先生、突然の裏切り……




