第28話 祝福
今回は少しだけホラー展開です。
苦手な方は家族とご一緒に薄目で見てください。
目を開けると、修道院の天井に大穴が空いていた。床の大半も吹き飛び、抜け落ちている。
残った床に散らばる、黒い塊。
先ほどまでは人だった消し炭。
ぼくが、殺した……!
カラムも、男たちも。
体の芯から震えが来た。
咄嗟に治癒魔法をかける。
だけど、何度かけても手応えはない。
どうしよう!?
……いや。
先生は、治癒魔法を極めた司教だ!
『蘇生の秘蹟』ができる!
でも、この惨状なんて説明する!?
それに……!
「主、お会いしとうございました!
我はあなたの忠実なる下僕にして愛剣!
あなたの愛犬、千剣の王・雷霆ですっ!」
「ごめんね、ちょっと静かにしてて。ぼく、いま忙しいから!」
おじさんの声が何か言ってるけど、ぼくの耳には入ってこなかった。
だって、ベネディクタスがいない!!
「ベネディクタス!! どこ!?」
見回すと、彼は陥没した床の縁にかろうじてぶら下がってる!
「ここ、ここです!」
ベネディクタスの下には、漆黒の闇がどこまでも深く口を開けている。
ぼくは、後先考えずにその手を取った。
そして重みに耐えきれず!
「うわあっ!?」
落下する―――――――!!
…………
……
―――――
修道院は、ほぼ全損と言って良かった。
地下一階も二階も床が陥落し、黒い空洞のなか大きな無数の木の根がむき出しになっている。
ぼくとベネディクタスは、その入り組んだ木の根に引っ掛かり、なんとか奈落に落ちずに済んだ。
『主! ご無事でなによりです!!』
トニトルスが飛んできて、木の根に突き刺さった。
「絶対ご無事じゃないよね、これ。
助けてくれてありがたいけど、ちょっと加減して欲しかったかも……」
「万死っ!! 主に無体を働くなど、万死極刑以外にありませぬっ!!」
このおじさん……。
ううん、この魔剣。
主の意思をぜんぜん尊重しないな。
「……カラムにパン盗られて怒ってたよね。
魔剣だったんだね。ぼく心配して、パンもって見に行っちゃったんだよ……?」
「パンは盗られてはいませぬが! ……ふぐっ痛み入ります、あるじいぃ!! お会いしとうございました!! 我は一日千秋の思いで、うぐふっ!
今、猛烈に感動し…………!!」
泣き出しちゃって、後半ちょっとなに言ってるかわからないけど。確かに、前に聞いたおじさんの声だ。
キイン!
と耳鳴りがした。
木の根だけだと思っていたぼくの側面には、根に覆われた壁があった。
壁の飾り棚には、よく見るとたくさんの剣が並べられている。
「妾は『光輝』!」
「ぼくは『災禍の黄金』だよー!」
「『氷河』だ」
「オレ『水魔』アルジタベタイタベ……」
「……『慈悲の短剣』よ」
剣たちが名乗りをあげる。
合唱のような叫びだ。
先生の蒼い氷剣からは、なぜか先生の声が聞こえた気がする。けど、声と音が共鳴して、もう何を言ってるか聞き取れない。
「主があまりに遅いので、我は妄想のなかで長年つきあった彼女と結婚し、三人の子持ちになってしまいました! 清楚で可愛かった彼女が、今や鬼嫁です! 主のせいですぞ!!」
「ぼくの!?」
並みいる剣のなかで、トニトルスの声だけがやたらと大きい! 耳が破れそう!
そしてやっぱり、何言ってるかわからない!
……ぎしり。……ぎしり。
………………ぎしり。……ぎしり。
…………………………ぎしり。
異音を追うと、奈落のような暗い縦穴の下で何かが蠢くのが見えた。
……何かの群れが、木の根を登ってくる。
「ベネディクタス、あれ、なんだと思う?」
闇のなかで仄白く浮かぶもの。
人間のように、二本の腕で木の根を登ってくる白い者たち。
骸骨……!
骸骨の群れだ!!
ざっと百体以上いる!!
「地下二階には殉教者の地下墓地があり、歴代の王や騎士が眠っています。
魔剣には人や魂を喰らうものがあり、魂を喰われた体は不死となって魔剣に従います」
「オレガクッタ……ノコリノ……ホネホネ……
ホネハマズイ……アルジノニクタベタイ」
「えっ、待って、魔剣のなかに明らかに変なのいる! 主の肉食べたいって言ってるけど!?
まさかとは思うけど、あの骸骨の目的……」
「ホネハマズイ……アルジノニクタベタイ……アルジタベタイ……アルジタベタイィイ!!」
「不敬だぞディルヴィウム!」
トニトルスの一閃で水魔は打ち据えられ、骸骨の動きが一瞬止まる。
トニトルスが紫電を帯び、続いて骸骨たちに照準を合わせるのが、ぼくにはわかった。
「待って、トニト!」
「はっ!? いま我を愛称で呼びましたね!?」
「いちいちそこ拾わないの」
雷霆が発光を和らげる。
「あの骸骨は、魔剣の使い手ってことだよね?
ぼくらと同じように修道騎士だって……」
「ええ、左様です。リュテさま、木の根を登って早く上に! 私が彼らを押さえますので!」
ベネディクタスが腰に帯びた剣を抜こうとするのを、ぼくは慌てて止めた。
「ぼくは嫌だ! セイルやオービスが、ぼくの親しい人たちが同じ立場だったら!
ベネディクタス、あの人たちを傷つけずに眠らせる方法はないの!?」
……修道騎士が魔物を狩るのは、人々と町を守るためだ。
神に仕える修道騎士が、望んで他者の命を奪うわけはない。なのに。
「人のために魔剣を振るった末路がこれじゃ、修道騎士はぜんぜん報われないよ!!」
この人たち……骸骨たちが、どんな気持ちだったのかは知らない。
でも、ぼくは今の修道院のセイルやオービスら騎士たちを知ってる。みんなの優しさや温かさを知ってる。
もし彼らがこうなったら?
陥れられた監獄で、生涯望まぬ魔物討伐をさせられ、死後も安らかに眠れないとしたら?
そんなの、耐えられない!
絶対に、絶対にだ!!
「無視せず俺と契約しろ、小僧」
「妾が彼奴らを呪縛してやる。妾を選べ!」
魔剣たちが口々に叫ぶ。
「ベネディクタス。ぼくは彼らを救いたい。
ぼくに出来ること、何かないの?」
「……やはり、あなたはお優しい。誰よりも王に相応しいお方です。その言葉が口先だけでないことを祈ります」
骸骨たちは、もう彼の足元にまで迫ってきている。
ぼくを抱き上げ、高い木の根の分岐に乗せようと手を伸ばしたベネディクタスが、骸骨たちに囲まれていく。
身体中を覆われ、噛みつかれながら跪き、骨の中に沈んでいく。
「……早く、登りなさい!」
「いやだ!!ベネディクタス!!」
ぼくは幼い。
ぼくは無知で愚かだ。
自分は傷つかず、ベネディクタスに頼ろうとして、彼を犠牲にした!
ぼくは誰も傷つけたくない。
殺したくない。
自分が、傷つきたくないから。
人も、人以外も苦しめたくない。
それは綺麗ごとなのかな?
ぼくはまた、考えなしに飛び込んでた。
トニトルスを掴んで、骸骨の海の中に!
ラキがいたら絶対泣いて叩かれてるな。
閃光。
白く暖かな光が、闇を照らす。
骸骨たちが砕けながら奈落に霧散していく。
「……ごめんね、……助けてあげられなくて」
涙が溢れ、幾粒も闇に落ちていく。
骨の欠片が砕けてなくなると、仄かな燐光が生まれた。
燐光は、まるでホタルみたいに集まって、ぼくに向かってくる。
「ベネディクタス、あれは…………えっ?」
ベネディクタスに抱きついたはずなのに、そこに彼の姿はなくて、ぼくは一振りの銀剣を握っていた。
『祝福あれ、我が王。私の名は祝福。
護国剣のうち、唯一の聖剣です』
ぼくの精霊眼は生きた人と、そうでないものの見分けがつかないんだ。
隷属の首輪で魔力を封じられてるから。
「やられた……っ!」
魔剣との契約は、魔剣が主たるものに名を捧げ、主が名を呼ぶこと。
あるいは剣を取ることで成立する。
教会の鐘楼の大鐘が、まだ鳴り響いてる。
わずかに残った砂岩の天井が崩れ落ちた。
修道院が崩壊し、青空と光がふりそそぐ。
真夏の青い日差しのなか。
燐光は、騎士たちの姿に変わった。
「正統なる王に拝謁の栄誉を賜り、長きに渡る苦悩をお救い頂き恐悦至極にございます」
「ありがとう、王子さま。有事には我らの子々孫々が、御元に参じるとお誓い申し上げます」
「えっ、ぼくは何にもしてないよ。ベネディクタスのお陰で。お礼はベネディクタスに……」
「永らくの騎士働きお疲れさまでした。神の身許で安らかにおやすみください」
ベネディクタスが騎士たちの献身を労うと、騎士たちはぼくの足元に次々と跪き、礼を述べて空に消えていく。
「ずるいぞ祝福! 喚ばれたのは我なのだぞ!」
トニトルスが泣きギレしだした。
「トニトうるっさーい」
「黙れジジイ」
「小僧、後がつかえているぞ。早く俺との契約を済ませろ」
「アルジタベタイアルジタベタイアルジ……」
「……モッコウバラのいい匂い……」
なんだ、この賑やかすぎる状況。
ぼくはふと冷静になり、頭を抱えて震えた。
取り返しがつかないことしてしまった……!
この国の建国記には、冒頭に護国九剣の伝承が記されている。ぼくが魔剣に関わってはいけない理由が!
……でも、聖剣なんて本に載ってたかな?
いや、そんなのどうでもいいや!
修道院が吹っ飛んじゃった!
先生に殺される!!
この穴と屋根、どうやって直せばいいの!?
「……小僧」
「ひいっ!!」
振り返ると瓦礫の上、なにも無い空間から煙のよう に先生が現れた!
☆次回、尋問確定。




