第26話 成長痛
この日、騎士修道院は静かだった。
みんなそれぞれ討伐や救貧院、接客などの用事に出向いてしまった。
ぼくは昨日、洗礼式に行ったあとに熱を出して寝込み、自室で横になっていた。
隷属の首輪が締めつけるように苦しい。
しっとりした金属の表面から、なにか良くないものが漏れ出てる気配がする。
この首輪は王に服従させて反抗の意思を削ぐための道具だけど、攻撃系の魔力を封じる力もある。
半樹霊は本来なら体が成長するにつれて、精神感応に使う魔力を多量に放散する。
ラキが桜の香りを放つように、魔力が芳香になって他人に吸入され、精神感応ができる仕組みだ。
でも、図書館でミスリルが言ったように、精神操作系の魔力が首輪に「攻撃」として認知されるとしたら?
ぼくの魔力はこの先、放出できずにぼくの体に内攻して蝕むことになる。
ううん。多分、それはもう始まってる。
ぼくの体に負荷をかけ、成長に支障が出てる。
だってぼくの体は明らかに小柄で、十歳の妹より背が低いかもしれない。
……それだけで、……済むかな……?
首輪が強くなった魔力に反応し、ぼくを処刑する可能性もゼロじゃない。
……怖い。嫌だ。
誰にも会えないまま、ここで死ぬのは。
母上に会いたい。
ミュゼに会いたい。
父上……ぼくを助けて……!
…………
……
―――――
……熱に浮かされてぼくは夢を見た。
薄闇の中、紫の双眸がぼくを見据えている。
それは犬のようでいて、獅子のようでもある。
漆黒の長い毛を纏った大きな獣が横たわり、威嚇するように雷を放っているんだ。
「いいかい雷獣。この剣の中におまえを封じる。おまえが人を殺めた罪を償い、剣として人の役にたてば、解放して新しい命を授けよう」
「ふ、ふん!そんな口約束を信じると思うか!
我を取り込んだとて、お主の助力になると思うな! 剣に取り憑き、必ずとり殺してくれる!」
「そうかい? 悪い話ではないと思うけどな。
次は何に生まれたいか、じっくり考えておいで」
ぼくが獣に剣を突きつけると、雷もその雷獣も剣に吸い込まれ、黒金に紫の宝石が象嵌された魔剣が出来上がる。
「……我は、次に生まれるなら人間がいい。この世に我しかない唯一の存在ではなく、人になって思うさま書物を読み、人の世と文化を学び、そして……」
「いいよ。見てごらん、これが来世の君の姿だ。
主に良く仕えて、国の発展と安寧のために尽くすんだよ?」
ぼくは魔剣に鏡を見せる。
鏡のなかには、ぼくの知ってる人がいた。
「俺の名前は『営業さんだ』です!」
エイギョウさんがいつものように、営業活動をしてる。
「『営業』さん、って、珍しい名字ですね!」
エイギョウサンの仕事は国のインフラづくりだから、取引先は主に役場の人だ。
「名前はもっと珍しいですよ。『雷帝』って漢字で書いて『さんだ』って読むんです。 キラキラネームってやつで!
こういう名字だから、営業職に就こうと決めてました。俺、人のために働くのが大好きなんです!」
あの雷獣の魔剣は、夢を叶えて人間になるんだ。
良かったね。
良かったね、エイギョーさん。
ぼくは、あの声を知ってる。
エイギョーさんの声。
あの魔剣の声と同じ声だ。
雷獣の名前はトニトルス。
魔剣の名前は千剣の王、雷霆。
――――
目を覚ますと、夢は遠くにぼやけていった。
うっすらとした記憶で、他人の未来を覗いたような夢だったと思った。
ぼくの魔力は放散されず、内攻していく。
空気感応も土壌感応も融合し出口を探して根を伸ばし続ける。
集合無意識――――。
ぼくの血脈を辿り、行き場のない力が、木の根のように過去や未来――――――
祖先や子孫に向かって進み、彼らの中で、誰かの声を聞く。
そう、漠然と感じたんだ。
ぼくの夢は単なる夢じゃない。
過去を知悉し、あるいは予知夢として、現実や未来と繋がることがあるって。
……汗をかいた。 体を拭かなきゃ。
喉も乾いてる。
ベッドから起き上がろうと毛布を捲り、ふと気づいた。
ぼくの体から、甘い香りが漂ってる。
砂糖菓子と花の匂いを足したような、モッコウバラの匂い。母上と同じ匂いがする。
「ぎゃああああ! やめろ! 放せ、この!」
「うわあっ、なんだこの花!?」
「ギャイン!」
……外で人の声がした。
黒犬の悲鳴みたいな声も。
みんなが帰って来たのかな。
ぼくが二階の窓から身を乗り出して庭の方を見ようとしたとき、景色が暗転した。
「っ!?」
抵抗する間もなく、ぼくは袋のようなものを被せられた。暴れたけど、誰かの肩に担がれた。
袋が狭くて腕が動かない!
抵抗しようにも足が着かず、芋虫みたいに何もできない!
どうしよう!
魔法は、治癒魔法しか使えないのに!
「誰か助けて! 誰かいないの!? セイル! オービス!」
ぼくは荷物みたいに担がれ、運ばれていく。
暴れても全然こたえないみたいだ。
恐怖と不安で寒気がしてきた。
どこに連れて行かれるんだろう!?
☆魔剣の中身、大型ワンコ――――――




