第20話 娼館デビュー
光沢のある白いシルクのワンピース。
首輪を隠すための幅広のフリルチョーカー。
髪は長いツインテール。
(これはミスリルが魔法で伸ばしてくれた)
娼館の女将に化粧を施されて女性ものの衣装を身につけると、修道騎士たちはぼくをみて感嘆の声をあげた。
「可愛い。確かに可愛いがな……」
「……ああ、残念としか……」
セイルとオービスが、すごく複雑な顔でこっちを見てる。二人も黒い騎士服似合ってるよ。
「黙っていれば極上の美少女なんですけどね」
ミスリルがため息をもらした。
ミスリルには負けると思うけどね。
でも、まさに運命だった。
ぼくがここに来たのは。
上客用のフルーツ盛り大皿。
高級な南の国の果物が、たくさん乗ってる!
遠い王子時代に食べた記憶があるけど、実在しないまぼろしの記憶かと思ってた――!!
厨房を通るとき、一個だけこっそりつまんでみたら、もう止められなかったんだ!
だって、今日を逃したらもう一生食べられないかもしれない!
先生だって訓練でいつも言ってるよね。
「二度めがあると思うな!」って!
「小僧、それは上客用の商品だ。離せ」
先生にすごく怒られたけど、この大皿は死んでも離さない。
「もももっも、もももっももももももふももももふ!」
訳:先生が欲しがってもあげません!
ぼくのです!
ほっぺが変形するほど口にいれたから、通じないかと思ったけど、
「俺は欲しがってない。わかった、あとで残りを食わせてやるからやめろ、見苦しい」
先生は有能だから、ちゃんと通じてたよ!
でも、先生との取引は成立した。
先生はいろいろと酷いけど、約束を破ったことは一度もない。ぼくは安心して大皿を置いた。
おいしいものがたくさんあって、すてきなお姉さんたちがみんな笑ってる!
ここは天国かもしれない!
…………。
……そう思ったのは、最初だけだった。
どの席のお姉さんも、笑顔が表面的だ。
表情が晴れない。
「酒、ジャンジャンもってこい! 院長のツケでな!」
呼ばれてないカラムがぼくの向かいの席で、タダ酒を飲み始めた。
彼がニヤニヤしながらお姉さんたちの肩を抱くと、お姉さんたちは嫌そうな顔をしてうつむいてしまう。
その手がお姉さんの胸元に伸び、お姉さんがギュッと目をつぶってしまった。
「いい加減にしろカラム、嫌がってるだろ! 自分の胸を揉めばいいのに、なぜお姉さんのを揉むんだ!」
気づいたら体が勝手に動いて、カラムの腕を掴んで転がしてた!
……あっ!
…………やって……しまった!
………………ずっと気をつけてたのに!!
家族を助けるまでは、おとなしくしてなきゃだったのに!
「わははは!自分のて!! カラムが自分の乳揉んでるとこ想像しちゃった、ムリ!!」
セイルがテーブルを叩いて爆笑してる。
くっ、そんなに笑わなくたっていいじゃん!
セイルだって、ぼくと同じくらいやらかすくせに!
カラムは起き上がりながら、ぼくと目が合うと一瞬ポカンとしてから叫んだ。
「くそっ、こいつがいちばん可愛いとか何なんだよ!!」
でも、オービスが無言で戸口を指し示すと、舌打ちしながら出ていった。
「だめだ腹いたい! こいつ、おもろすぎる!」
セイルは爆笑が止まらず、ぼくの向かいにいたお姉さんたちも吹き出した。
「ありがとうねベベちゃん。ちょっと苦手なお客さんだったから、助かったわ」
「うん、ほんとにせいせいした。お礼におごらせてね!」
ぼくはお姉さんたちがおごってくれた山葡萄ジュースを飲みながら、疑問を口に出してみた。
「ねえ。お姉さんたちは、よく見るとみんな嫌そうにしてるのに、なんでここで働いてるの?」
「えっ……」
あっ………………?
これ、聞いちゃいけなかったやつだ。
お姉さんたちの表情が、見る間に曇ってしまった。
多分、お姉さんたちも先生の厳しい訓練を思い出したんだ。執拗に鳩尾を狙ってくるあの恐怖。
わかる、思い出しただけでお腹が痛い!
「ご、ごめんね、ぼく、余計なこと言った……痛いとこあるなら治癒魔法かけようか? ぼく、得意」
お姉さん――ノナさんは、うふふと困ったように笑った。
「いいのよ。ここのお店の女の子はね、みんな借金のカタに売られてきたの。借金を返すまでは、故郷には帰れないの」
「それって。せんせ……院長が、お姉さんたちをお金で買ったってこと?」
「うん、まあそんなとこよ。騎士修道院の子なら、あなたも似たような境遇でしょ?これからも仲よくしましょうね」
「……うん」
答えながら、ぼくは複雑な気分だった。
だってぼくは妹やラキが、お姉さんたちみたいな境遇ならいやだと感じてる。
お姉さんの家族も、いやなんじゃないかな。
だったら、だれも幸せにならない仕事だ。
ラキには悪いけど、やっぱり先生はいい人には見えない。
先生は、ときどき黒い。
隣のテーブルでも冒険者崩れみたいな人が、お姉さんに絡んでいるのを、黒い騎士服の男が半殺しにして叩き出した。
振り向いた男の仮面には、見覚えがある。
つるりとした銀色の面。
額や顎に走る幾何学的な魔法陣。
口元だけが三日月型に切り込まれ、笑った顔に見える。腰に帯びた、蒼く透き通る氷の剣にも。
……氷剣の男だ!!
ぼくは考えるより先に、テーブル下の非常用の鉄剣を抜き、斬りかかっていた。
☆次回、ついにあの男との対決!
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