第18話 ラキとお父さん ラキ視点
騎士修道院院長・ギルフェレスの書斎は、大聖堂と図書館のちょうど間にある。
ラキが昼食の後片づけを終えて上司の書斎に赴くと、ギルフェレスが書き物の手を止めて、窓外の様子を眺めていた。
書斎の南向きの窓は菜園と薬草園に面していて、セイルとリュテたちが、楽しそうに収穫作業をするのが見える。
「お父さん、何の用事? 今、ちょっと忙しいの。私も外の仕事、手伝いに行かなきゃ!」
ラキは外のみんなと合流したくて、そわそわしていたが、
「脱走したな、昨日。おまえが見張っていながら。いや、おまえがそう仕向けたな?」
と、ギルフェレスに詰問されて、開き直る。
血のような深い紅の眼に探る気配はない。
昨日、夜間にリュテと転移陣を使って外出したことが完全にバレているのだ。
もちろん、想定内だった。
「戻ってきたんだからいいでしょ。妹さんに会わせてあげたかったの。だって近くにいるのに五年も離ればなれだよ。
リュテは謀反なんか考えてない。家族と氷剣のことだけ思って頑張ってるのに」
ラキの表情は硬く、いつもの快活で甘えた口調もない。父を責めたい気持ちを、押さえているからだ。
「樹霊ならみんなが持ってる力を、リュテはあの首輪で全部封じ込まれてる。
精神感応も、接触感応も出来ない。
体は人より小さいし、魔力回路は抑圧されてボロボロ。このままだとストレスでおかしくなっちゃうよ。
お父さんの立場も仕事もわかるけど、リュテを余りいじめないで」
森の樹木は言語こそ持たないが、地下では根の周囲の菌層を利用し、空気中では多数の化学物質を放散吸収することで、常に仲間との情報交換や敵への防衛、攻撃を行っている。
樹霊の魔力は、この性質に特化している。
体から芳香を放って人間に吸入させ思考や記憶を読むし、肉体的接触でもそれは可能だ。
ラキが誰かに抱きついて甘えるのも樹霊の特性がさせる挨拶で、院長の指示での諜報活動でもあった。
特に隷属の首輪の影響でリュテの思考は、読みにくい。ラキが頻繁に彼に抱きつくのは、接触感応の為だ。
「あの小僧は大人しく振る舞っていても、本質は直情径行。情が絡むとそれが顕著だ。
いま自制を覚えなければ、周りを巻き込んで滅ぼすことになる。
おまえは今までどおり「妹」として、小僧の腹を探ればいい。深くは関わるな」
言いたいことだけ告げると、ギルフェレスはラキから視線を外して書き物の続きをはじめた。
「……そんなことない。リュテは私がカラムに絡まれると、すごく我慢しておバカな子のふりで助けてくれるの。うまくやり過ごしてるよ。
お父さんに酷い訓練されても、恨んでない。
「いつかギャフンと言わせる!」とは、毎回考えてるけど。
つらい境遇なのにいつも前向きで、すごくいい子なんだもん。力になってあげたいよ」
「……では、少し試してみよう」
「試す?」
「明日から外の仕事を任せよう。おまえの期待に沿う結果が出ればいいがな」
「わかった! ありがとう、お父さん。リュテ絶対喜ぶね!」
ラキは敬愛する父に後ろから抱きついて挨拶したあと、ドアに向かって駆け出す。
その娘の後頭部に、院長は投刀を放った。
ラキは振り返りざまに懐剣で弾き、なにごともなかったように笑顔で部屋を出ていく。
弾かれた懐剣はギルフェレスの椅子の背もたれの、彼が避けなければちょうど頸動脈を絶つ位置に突き立っている。
ラキはギルフェレスの娘で小姓、諜報員だ。
そして、彼の戦術と経験を同期された、騎士修道院の騎士中、最高傑作のひとりである。
☆次回、リュテの衝撃の初任務編スタート!




