第17話 図書館
翌日。夕食後、ぼくは図書館にいた。
修道院は聖堂が南にあり、四角い中庭を囲む回廊があって、どの部屋にも最短で行ける作りになっている。
図書室は、その回廊に接する南西側の別棟にある。
建物の様式が古いから、窓は町の建物と比べて小さめなのを差し引いても、西日が暑くて眩しい。
図書館の蔵書は聖典とその手引き書、神学や魔法学関連、剣術や格闘術などの武術系、語学、植物や薬学など修道騎士が必要とするものは一通り揃っていた。
ぼくは本が大好きだ。
ずっと幽閉されてひとりの時間はたくさんあったし、本のなかには楽しい空想や、新しい価値観がたくさん書かれている。
本を開いている間は、自由でいられたからだ。
でも、今日は他にも目的があってきた。
ミュゼに会いに行ったとき、ぼくはさりげなく脱出ルートを確認してきたんだ。
王都の凱旋門から王宮まで、徒歩で二十分。
もちろん、王宮別棟の入り口も出入りの際には衛兵に身分と通行証を確認される。
母上がいる王の寝室は王宮の一階の一番奥で、ミュゼのいる侍女部屋は北別棟の三階。
普段は静かでも、緊急時には近衛兵たちが飛び出してくる詰所がいくつかある。
どう考えてもルートが長い。
母上を背負ったりミュゼを連れて、ひと息に走れる訳もないから、透明化のアイテムと、認識阻害の仮面も予備が最低でも人数分ほしい。
ぼくは、魔法関連の書架の前で悩んだ。
認識阻害と透明化技術の書籍を、いくつか手に取ったけど、タイトルだけ見ても初心者用なのか応用編なのか分かりにくいから。
そういえば、ぼくのもらった従騎士の仮面は認識阻害効果がある。あれは誰が作ってるんだろう?
「認識阻害と透明化技術……に興味がおありで?」
涼やかな声にふりむくと、ミスリルがいた。
いつもはきっちりした印象の着こなしだけど、今は夜着に着替えているせいか、近寄りがたい印象はない。
「うん。修道騎士の仮面は、ミスリルが作ってるの? こういうの、ぼくにも作れたりする?」
「ええ。エギルが叩きだしで作った仮面に、私が認識阻害の魔法付与をしています。あなたには、絶対に無理でしょうね」
「そんなの、やってみないとわからないよ?」
子供だからって馬鹿にしすぎだ。
ぼくは少しムッとした。
他に比べて習得が難しいとされる治癒魔法だって、ちゃんと使えてる。ミスリルがその先生なんだしよく知ってるはずなのに。
「あなたの隷属の首輪には、魔力制限が掛けられています。治癒や回復系は使えても、攻撃系の魔法は一切使えないはず。認識阻害は他者の記憶操作で、攻撃魔法に分類されますから」
「えっ!? それは……困る!」
家族の脱出には、認識阻害のアイテムは欠かせない。これでは計画自体が破綻してしまう。
「大丈夫ですよ。あなたの剣術や格闘なら、攻撃魔法がなくても、魔物討伐が十分務まるレベルです」
ミスリルは、ぼくのいるテーブルの向かいに着座した。細い顎をつまみながら、思案顔でぼくの選んだ本を眺めている。
あっ。脱走とか色々あって、魔物討伐の実習すっかり忘れてた。
でも、流れ的にミスリルの協力は取りつけたいから乗っかろう!
「うん。でも、もしもの時のために、色々知っておきたいんだ。認識阻害はだめでも、透明化はどうかな。
使用目的は似てるけど、精霊元素の使い方が全然違うよね?あと、本選びが、そもそもむずかしくて」
「そうですね」
ミスリルは書架に手を伸ばしながら指を回す。
「透明化は大気の精霊元素で光の反射を操作して、構造色や光学迷彩で目を眩ませます。初心者にはこの辺が読みやすいでしょう」
書架からはいくつかの本が滑り出し、ぼくの目の前で重なった。
「ありがとう。ぼく、ミスリルはもっととっつきにくい人かと……」
ぼくはお礼を言おうとしたけど、ミスリルはもう興味ないって感じで本を読み出した。
「光学迷彩って概念の最初で躓いてるんだ。大気の精霊は普段透明だから「透過法」はわかる。
でも、透明なところに光を反射して『投影』させる理屈と、『『空間歪曲』でそもそもそこにいない状態に見せる』とかの原理がまだちょっと曖昧で。最適な呪文が選べないでいるんだ」
ミスリルは、本に落としていたオレンジの視線を上げた。
ぼくをまじまじと見てから、取り出した手帳の一枚を破り、指で呪文を焼きつけていく。
「……これらの本で三つの原理に絞れたなら、あなたは筋がいい方です。ちょっとお待ちなさい。必要な呪文のコピーをあげましょう」
「いいの?」
「ええ。知的好奇心や興味は、尊いものです。せっかく魔法化学に興味を持った後輩を、育てない手はありませんし」
「あと、もうひとつ教えて。あの仮面の裏にあった魔方陣、あれをコピーしたら認識阻害できる?」
「だめだめ、絶対だめです!あれは最悪の場合を想定した、緊急用の命綱というか!
騎士修道院の呪物の中でも一番恐ろしい……いえ、なんでもありません」
「えっ? ……その呪物、ぼくがおでこにつけて生活しててほんとに大丈夫なやつ!? すごく気になるんだけど!」
「大丈夫ですよ。グリムなんかと同じで、慣れればたいして怖くありません。たぶん」
意外だった。
この人とは戦闘訓練でも長い時間一緒に過ごしてきたはずだけど、いつも事務的で淡々としていて、挨拶以外の会話はあまり好まないような印象だったから。
でも、目の前の彼はいつも無関心で表情の乏しいその顔に、少しだけいたずらな笑みを浮かべていた。
「いま言った通り、仮面には色々な仕掛けがしてある。他の認識阻害のアイテムを実用化して、脱走を画策するのも無駄ですよ。
私のように魔法知識と精神干渉耐性のある人間の目は欺けませんから」
……釘を刺された。やっぱり見抜かれてたか。
話がうますぎると思った。
でも気にしない!
「つまり、ミスリルを欺けるようになれば、ぼくの脱出は成功する。そして一緒に住んでるから何度でも試せるってことだね?」
「えっ? ……ええ……まあ? ええっ?
そういうことに……なりますかね……」
この人は冷静そうに見えて、興味あるものの前では箍が少し緩む。そして、意外と押しに弱そうだ。
ミスリルはちょっと目を見開いて視線を迷わせながら、協力を約束してくれた。
「やったあ、ぼくはなんて幸運なんだろう! 本選んでくれて、ありがとうミスリル!」
言質も取ったし、思い返して冷静に否定される前に去ることにしよう!
前を見ずに走り出して、壁にぶつかった――と、思ったらエギルだった。
派手に尻餅ついたけど、エギルとミスリルが散らばった本を拾ってくれた。
「エギルも本が好き? どんなの読むの?」
前回の外出でパンを買ってもらったり、畑仕事も一緒にした。ぼくの中では、もうエギルは家族より近しい存在だ。
「あ?」
一文字で拒絶されました。
そういえばセイルも、エギルは男にはあれなひとだって言ってた気がする。
とても気分にムラがあるタイプみたい。
彼の手にあるのは、魔剣関連の技術本だ。
「おまえの剣、こないだ折れただろう。合格祝いに新しいの打ってやる。戦闘スタイルと必要な魔法効果を教えろ」
「いいの!? やった、ありがとうエギル!」
エギルはわかりにくくて、怖やさしい。
ミスリルは少しとっつきにくいけど、親切だ。
新しい剣……!
練習用のじゃなくてぼく専用!
エギルが作ってくれる剣、楽しみすぎる!
―――――
ぼくはここ最近で、修道院に居心地のよさを感じていた。嵐がすぐそこに迫ってるのも知らずに。
☆次回、ラキ回




