第16話 妹ミュゼとの再会
凱旋門前の転移陣から出て、王宮の門番にラキが通行証を見せた。
王宮は高い城壁に四方を囲まれていて、南西に開かれたこの門が一般的な通用口だ。
大きな門の内側、向かって右側に物見台への階段口と、簡易な衛兵の詰所があった。
「ギルフェレス様の小姓さんね。どうぞお通りください! ええと、そっちの女の子は?」
夜中とあって、二人の衛兵は見慣れぬ通行人の素性に、警戒しているみたいだ。
まじまじと見られたところで、ぼくは認識阻害の仮面をつけている。それぞれ視覚情報を改編されて、記憶には残らない。
「新しい侍女に推薦したいと思って、連れてきたの。院長に紹介状を書かせて、出直した方がいいですか?」
「『今日、衛兵に足止めされて、入れてもらえなかったの』ってお父さんに言いつけるわよ?」
と、遠回しに言っている。
ラキは普段はポヤポヤしてるけど、頭の回転は早くて、こういう立ち回りがうまい。
王の直臣の名前を使い、こちらに追及しにくく院長には確認できないように圧をかけている。
「と、とんでもない! どうぞお通りを!」
門番の衛兵は、すんなりと通してくれた。
……助かるけどね。ぼくたちがもし悪者だったら、どうするんだろう。
「お父さんがたまに泊まってるから。今日もそうですっぽく押し通そう」
「ラキ、かっこいい!」
普段は泣き虫でめえめえ泣いてばかりなのに、覚悟が決まるととても強くて頼りになる。
さすが先生の娘だ。
王宮は、白漆喰の壮麗な三階建て。
左右対称に作られた広くて四角い庭園を通り、使用人の宿舎を目指す。
もう他人事みたいだけど、以前はぼくが暮らしていたところだから、間取りは何となく覚えてる。
確か王宮の北翼の別棟が、使用人と侍女の部屋だったはず。
窓からは紺色の夜が見えている。
灯りの少ない廊下は薄暗い。
今度はぼくがラキの手を引っ張って、どんどん進む。妹の部屋はどこだろう。
入り口から奥に向かう部屋ほど、高貴な家柄の子女に割り当てられる。
順当に行けば、現王女の侍女は最奥の角部屋のはずだけど。
「ねえ。リュテ、スカートの方が似合うね?」
「やっ、やめてよ。気にしてるのに!」
うん。自分でもわかってる。
ぼくはどっちかというと、女の子みたいな顔だって。
でも大丈夫。認識阻害の仮面をつけてるから、ぼくは誰がみても侍女!
女装でうろつく、変な元王子ではないのだ!
侍女の部屋が並ぶ廊下をウロウロしてると、悲鳴が聞こえた。
ぼくはまた考えなしって、あとで怒られたんだけど、声のした角部屋のドアを開けてた。
ランプのオレンジ色に照らされた室内には、上等な調度品が設えられていて、中には、見覚えのある人が二人いた。
ぼくとそっくりな、満月色の長い髪と瞳。
ぼくのかわいい妹、ミュゼ。
もう一人はぼくの従兄、現、第一王子ハイルだ。
「ミュゼ! 大丈……夫?」
ミュゼは、あの日別れた五歳の頃より大人びて、思ったより大きくなってた。
栄養がいいのか、背丈もぼくとあまり変わらない。いや、もう抜かされた……?
でも、よかった。
酷い扱いはされてないみたいだ。
パジャマ姿で、従兄のハイル王子の顔をがっつりと踏んでいるのは、すごく気になるけど。
……室内履きとはいえ、かかとで踏まれたハイルのほっぺがとても痛そう……。
いや待って、理解が追いつかない。
どういう状況でこんなことに?
「……お兄さま? お兄さまね!?」
ミュゼが駆け寄ってくる。
だめだ、ハイルがいるのにそんな風に呼んじゃ!
「お久しぶりです。ミュゼに会いに来てくれたの!? わあ、侍女の服かわいいわ、うふふ」
「見ないで!」
ぼくは咄嗟に侍女服の胸元を隠してしまった。
ミュゼは、昔からマイペースな子だった。
いや、そこじゃない。
いじわる王子に見られたんだ。
王に告げ口されたら、ぼくはおしまいだ!
処刑待ったなしだよ。
ぼくは後ろにラキを隠す。
「おまえ、リュテか!?
見たぞ、脱走の現場をこの目でな!!」
ハイルが底意地の悪そうな目で、こちらを見上げている。そう、下から。
だってまだ踏まれてるんだ、ほっぺを!
ミュゼのかかとで!
「ハイルお兄さま、邪魔ね!」
ミュゼが手をかざすと、虚空から光る弓矢が出てきた。
矢をつがえて狙いをさだめ――。
王子ハイルの眉間を射った!!
「きゃぁぁああ!!」
絹を裂くような悲鳴が、ぼくの口から出た!
射たれた王子は見る間に豚に変身し、ドアに突進して飛び出していった。
廊下の奥から次々と悲鳴が聞こえる!
誰かが豚にはねられたみたいだ!
「さあ、お兄さま。これで安心よ。わたし、忘却魔法は得意なの!」
安心てなんだっけ!?
心臓がまだバクバクしています!!
あっ、ラキが気絶した!
もちろんすかさずキャッチだ!
「忘却って言った? 豚の必要性……」
「騒ぎが大きくなるほど、お兄さまは安全に帰れるでしょう?
男子禁制の女子寮を我が物顔で歩き回るような人、豚になっても誰も困らないし一石二鳥だと思うの!」
ミュゼは屈託なく笑った。
瞬時にぼくの帰路のことまで思い巡らせたのか、いつもハイルにしていて手慣れてるのか。
どっちにしても末恐ろしい十歳だ。
……いま思い返すと、父上は思慮深くて心配性なひとだった。
ミュゼみたいな可愛い子は、将来いろいろな危険があるからと、魔術も護身術もぼく以上に学ばせてたし、お守りもつけさせた。
それが父上の亡くなったいま奏功して、ミュゼを強くしてるんだ。そう思うとぼくは胸が詰まった。
でも、ミュゼの前でだけは泣いちゃいけない。
ぼくは、ミュゼが唯一頼れる兄でいなきゃいけないからだ。
「お兄さま、ごらんになったでしょ。ミュゼは強いので安心してください。
お母さまは脱出の機会ができるまで、絶対に守るわ。お兄さまは絶対に無茶をしないで、自分が生き延びることをいちばんに考えてね。
お兄さまさえ無事なら、ミュゼはここでいくらでもがんばれるから。いい? 絶対に無茶はしないでね?」
ミュゼは強くて怜悧な子だ。
ぼくの立場を、先回りしてよく理解してる。
だからこそ、ぼくに対しても強がってしまうと思うんだ。
「……うん。絶対に助けるから、待っててね。あとね、これ。すごくおいしいパンをもらったから、ミュゼに食べさせたくて」
ミュゼはしばらくぼくに抱きついていたけど、パンを受け取って少し食べた。
「うん。……すっごくおいしいわ。ありがとう、お兄さま」
大きな薄い琥珀の目から涙が溢れて流れ出す。
きっと、ずっと我慢してたんだ。
ぼくとおなじように。
涙を拭いてあげたら、ミュゼの耳元で金のピアスが揺れた。厄除けを意味する剣型のものだ。
ぼくとミュゼはお互いに抱きしめあって、再会と別れの涙を流した。
昔はもっと泣き虫だったのに、離れてる間にとても逞しく、頼もしくなった。
ミュゼのいうとおり、今は母上のことはミュゼを信頼して任せよう。
ぼくも早く一人前になって、絶対にふたりを助けにくるんだ。
「あっ、そうだわ。お兄さま待って。ちょっとうしろ向いてくださる?」
赤い花に落ちたときの汚れでもついてたのかと思って背中を向けたら、なぜか髪の毛を一房むしり取られた。
「痛いよ、なにするの急に!?」
「うふふ、さみしいとき、お兄さまのかわりに話しかけるの!」
「へっ!? あ、……うん?」
ミュゼはあいかわらずマイペースで、ちょっと不思議な女の子だ。
まあいいか! 可愛い笑顔が見れたから!
ぼくはラキをおんぶして王宮をあとにした。
――――
「……妹さんと会えて良かったね。たくさんお話しできた?」
ラキが背中で目を覚ました。
でも、降りようとしないのでそのまま歩く。
「……うん、ありがとうラキ。おかげでいろいろ話せた」
「次はいつ行けるかな。次にお父さんがいない日は……」
ラキは優しい。
ぼくが過酷な訓練を乗り越えて、いま笑って過ごせるのは、彼女がいつもそばで笑ってくれてるからだ。
「大丈夫。もう行くのやめる。ぼくには妹みたいなラキがいるからね。ミュゼのことは、もう少し強くなってから考えることにする」
「わたしの方がお姉さんですけど!」
もう今日で懲りた。
ラキを危険には巻き込めない。
「それよりラキ、先生の転移陣を勝手に使って怒られない?」
「うん、たぶん大丈夫だよ。お父さんはしばらく忙しくて、帰ってこれないから」
ラキが寂しそうなので、つい聞いた。
「ラキは先生に会えなくて寂しくない?」
「うん。お父さんね、いま王様のために大事な仕事してるんだって。
お父さんは優しくて誠実で、誰かを守るためなら、自分が汚れても気にしないひとなの!だから寂しくてもがまんする」
ラキは先生を尊敬してる。
だけど王様のための大事なしごと、という言葉に、なんだかぼくの胸はざわついた。
転移陣は便利だけど、院長室のはそう何度も使えない。救出の際に使う自分専用の転移陣を、なんとか調達しなくちゃ。
あと、ひとつ気になってる。
あのハイルの豚はどうなっちゃうんだろう?




