第15話 脱走
今夜も遠くで、精霊の泣き声が聞こえていた。
その声はいつもどおり悲痛で恐ろしかったけど、ぼくはどうしても妹のミュゼにひと目会いたかった。
ラキが寝息をたてるのを確認してから、ぼくは仮面をつけた。
ごめんね、ラキ。
すぐに戻ってくるから。
ぼくの部屋の窓からそっと抜け出したまでは良かったんだ。
「うわ!?」
着地した足元に、なぜかあの赤い大きな花が咲いてた。
侵入者対策の食人花だ。
花も幽霊犬も外からの侵入者には厳しい。
でも内部の人間には無害。
というか、かなり懐っこい。
バランスを崩して転んだけど、大きな唇みたいな花びらは肉厚でフカフカしてたからケガはしなかった。
昼間見たときは、何もないと思ったんだけど。
……まさかと思うけど移動できるのか、これ?
ぼくは魔女の大鍋みたいな花の中に、お尻からすっぽりはまってしまった。
花びらから生えた牙に捕まって出ようと身を乗り出したところに幽霊犬が飛び込んできて、また尻餅をついた。
花の中はなんかの液体でびしょびしょ。
グリムに頭を甘噛みされて、顔から肩までヨダレでべとべとだ。
なんとか花から抜け出して修道士服の裾を絞ると、窓からこっちを睨むラキと目が合ってしまった。
「怖いから一緒にいてって言ったのに。それに、外で何してるの? こんな時間に外出したら脱走疑われちゃうよ?」
「ごめん、ぼく、どうしてもミュゼの、……妹の顔が見たくなって……」
ラキが窓から飛び出した。
支えようとしたぼくは耐えられずに、うしろに転んだ。
ラキが馬乗りになって泣きながら、ぼくの胸ぐらをつかむ。
つかんで揺らす。
「リュテが脱走したら、お父さんも死刑になるって知ってるでしょ!? お父さんがリュテを信頼して外出許可を出したのに、どうしてそんなに考えなしに出かけられるの!?」
「い、痛い!ご、ごめん!ごめんてば!」
泣きやまないしパシパシ叩くのも止まらない。
「もう二度としないって約束して!」
「ごめん、ごめんね!」
ひとしきり叩いてから抱きついて、ギャン泣きがはじまってしまった。
「……ぼく、今日はすごく楽しかったんだ。
ぼくはいい人に囲まれてる。ラキやセイル、オービスが助けてくれる。
でも、妹はもしかしたら、カラムみたいな奴に泣かされてるかもしれない。
エギルが買ってくれたパンがおいしくて、食べさせてあげたいと思ったんだ。
妹はちゃんとごはん食べれてるのか、心配で我慢できなくて……」
ずっと胸に詰まってた気持ちを言葉にしたら、涙がとまらなくなってしまった。
嗚咽と鼻水がとまらない。
かっこわるい。
ラキにだけは、泣いてるとこ見られたくなかった。
だってラキはほんとに泣き虫で、一緒にいると姉というよりは妹みたいだ。
……どうしても、ミュゼを思い出してしまう。
「わかった。いいよ。じゃあわたしも手伝う。
お父さんの転移陣から王宮の凱旋門に出る鍵の場所、わたし知ってるし」
「ほんと!?」
ぼくは狂喜した。
うれしくて、ラキに抱きついてしまった。
恥ずかしい。
もう子供じゃないのに!
「お父さんは、修道院の院長と教会の司教を兼任してるでしょ? 王様とも付き合いがあるの。
たびたび教会行事で王都に出かけるし、わたしは小姓としてお使いで城に出入りしてる。リュテ一人よりは、怪しまれにくいと思うの」
「ありがとう。巻き込んでごめんね」
ぼくは、ちょっと納得いかなかったけど、ラキに王宮の侍女の服を着せられた。
……ほんとに納得いかないけど、いい案にはちがいなかった。
自分の可愛さを客観的には受け止められるし、利用もするよ。でも、こんな顔で女装が趣味かと思われるのはちょっと困る!
☆次回 リュテと妹ミュゼ、再会




