第12話 はじめての外出(2) リュテの結婚願望
ぼくは大通りでいい匂いにつられて、あるお店の前に立ち止まった。
露店と違って一階がガラス張りになってて、高そうなお店だ。
その本棚みたいに仕切られた展示棚に、いろんな種類のパンが並んでいた。
「エギルあれなに! パンの山だ! ここは天国ですか!?」
「ふつうのパン屋だよ。ははっ、幼児か!」
「パンてお店で買えるんだ、知らなかった!」
エギルはハッとした顔をしたあと、可哀相な人を見る目でぼくを見た。
「……ああ、宮廷料理人が作ってくれる境遇だったから知らないよね……」
気まずそうに視線をそらされた。
ぼくがあまりに世間知らずだから、あきれられたのかもしれない。
だってぼくの世界は、七歳からずっと閉じてて狭かった。
それ以前にも、外出時は馬車にたくさんの護衛つきで、一人で町中を歩く機会なんてなかったけど。
幽閉されて以降は、修道院の自室と礼拝堂、食堂、図書室、闘技場にしか行ったことがない。
ぼくの話相手はほとんどラキだけで、たまに先生やカラムが話しかけてくるくらいだった。
だから、ほかの人とは何を話したらいいのか、よくわからない。
話題を変えよう!
「ぼく、パンを丸ごとひとつ食べるのが夢なんだ。いつもカラムに取られるから。この前も」
エギルが険しい顔になった!
元王子の夢がパン1個……?
って顔してる!
小さい男でごめんなさい!
恥ずかしい!
言うんじゃなかった!
でも、ぼくは普段なにも考えてないタイプだから、共通の話題はパンしか思いつかないや。
「おごってやるよ、好きなの食え」
「えっ……いいの!?」
さんざん悩んだけど、白パンにした。
一番安くて大きいやつ。
おお?
大きいのにフワフワで軽いな!?
……いや、ほんとにパンかな、これ?
軽くて腹持ち悪そうだし、武器にもならなそうだけど。
いや、贅沢は言わない。
固形物が食べれるだけでありがたいのだ!
ぼくはふわふわパンの端っこに噛みつく。
「なにこれ、柔らかくて美味しい!?
いつも食べてるのと全然食感がちがう!!
小麦の香りがしてもっちり、プツンと噛みきれる歯ごたえがたまらないよエギルゥゥ!!」
王子時代の遠い昔、こんなパンを食べたことある気がする。
過去の至福の味にぼくは震えた。
涙もちょっと出ちゃった。
ラキが修道院の竈で焼いてくれる、香ばしい重石みたいなパンも好きだ。
口の中になにかある楽しみが長く続くから嫌いじゃないんだ。
「こんなに美味しいパンを食べたの久しぶりだ!一生ぶんの感動をありがとう、エギル!!」
「ははっ、おまえは安あがりでいいな」
エギルは少しだけ笑った。
いつも笑ってれば、ほんとは優しい人だってわかりやすいのに。
道行く人たちがザワザワ集まってきた。
「そんなに旨いなら俺にもくれ!」
「私にもちょうだい!」
みるみる人垣ができて、おばさんは大忙しだ。
ああ、やっぱり。
この店は超名店なんだ!
「ぼうや、お待ち!」
おばさんがぼくを呼び止め、大きな白パンを二個投げて寄越した。
「おかげでいい宣伝ができた。エギルとまたおいで。サービスするから!」
「いいの? ありがとう!」
やさしい!
なんて気前がいいひとだ!
ぼくは、この人となら結婚してもいい!
リピート確定です!
ぼくはパンをエギルに渡そうとしたけど、
「俺はいい。おまえがもらったものだ。夢が三回ぶん叶ってよかったな」
と笑って受け取ろうとしなかった。
帰り道も女の人たちが群がってバチバチな感じになったけど、この人はパンをくれる。
とてもいい人だ!!
毎日でも買い出しを手伝いたい!
―――――
修道院に戻ったぼくは、畑仕事の前にずっと気になっていた地下牢を見に行ってみた。
地下には殉教者の墓地があるから、ほんとはとても怖かった。
でも、カラムにパンを取られてたっぽいし、おじさんがお腹すかせてると思ったんだ。
怖がってても時間が過ぎるだけだし、さっと行って、さっと戻ろう!
地下への階段口のドアを開けると、ひんやり湿った空気が漏れ出してきた。
ガラスのシェードつきのランタンを片手に、暗闇の中、階段を下りていく。
走って地下一階の牢を見て回った。
「……あれ? 誰もいない?」
鍵付きの鉄格子の部屋の並びを走って確認してみたけど、どの部屋にも、誰も入ってなかった。
埃っぽくて、誰かに使われてた形跡すらもない気がするけど。
もう、懲罰期間が終わってたのかな?
ぼくが安心して帰ろうとしたその時。
「○○○○○○○○○――!!」
「○○○○○○○○―!!」
廊下の一番奥から続く、地下二階への階段辺りから、大きな声が聞こえた!
大勢いてよく聞き取れないけど、なんか関わってはいけなそうな気配がする。
ぼくの耳は生きてる人間と、そうでない何かの区別が出来ない。
ぼくを呼ぶ大勢の声の正体は、不明だ。
でも、地下二階の階段口辺り。
背中が寒くなるような気配は、教会の裏の墓地をうろつく死者の気配に似ている。
ぼくは動悸を感じながら、階段を駆け上がった。
もう、ここにくるのはやめよう!
☆リュテの外出はまだ続く




