第8話 バズりの渦と、はじめてのスパチャ
「白鳥さん、助けて……俺、力加減が本当にわからないよ……っ!」
ダンジョン浅層第二階層の冷たい石畳の上で、俺は砕け散った壁の破片と空間に漂う魔力の粒子を見つめながら、情けない悲鳴を上げた。
ほんの少し短剣を振り、足を一歩踏み出しただけだ。それなのに、Fランク探索者を何人も返り討ちにするレベルのゴブリン・ルーク三体が、ものの五秒で粉砕されてしまった。しかも最後の一体に至っては、俺が手加減して放ったはずの蹴りの余波で吹っ飛び、ダンジョンの頑丈な石壁に巨大な亀裂を作りながら爆散したのだ。
ダンジョン内の空気は静まり返っていたが、俺の頭上でプカプカと浮遊する最新鋭ドローンカメラの向こう側は、決して静かではなかった。
イヤホン越しに聞こえてくる白鳥アオイの声は、呆れるほど穏やかで、そしてどこか楽しげだった。
『落ち着きなさい、神楽木さん。いえ、今はレンちゃんとお呼びした方がよろしいでしょうか。カメラの前でパニックになっては台無しですよ。ほら、ドローンに視線を向けて、今の攻撃についての感想をコメント欄に伝えてください。プロとしての最初のステップです』
「感想って言われても……! 必死だっただけだし、マジで壁を壊すつもりなんてなかったんだってば……!」
おそるおそる頭上に浮遊するドローンカメラへと視線を向ける。
レンズの横に配置された半透明のホログラムモニターには、絶句と興奮で思考が追いついていない視聴者たちのコメントが、怒涛の勢いで滝のように流れ続けていた。
『待って待って、今マジで何が起きた????』
『レベル14の動きじゃなさすぎるだろwwww』
『ゴブリンが壁に埋まって爆散したんだが???』
『華奢な腕でどんな筋力してんのwwww』
『CGか!? 配信の演出か!?』
『可憐な顔してやってることが脳筋ゴリラで草』
『可愛いのに強すぎる……神チャンネル確定だわ』
『誰か今の5秒の切り抜き作ってくれ!!』
画面右上に表示されている同時接続者数(同接)のカウンターは、目まぐるしく数値を更新し、ついに『60万人』を突破していた。
本来ならあり得ない現象だ。昨日までは登録者数たった3人、同時接続者数1人の底辺ダンチューバーだった俺が、配信開始からわずか十五分足らずで、日本の全配信者の頂点に君臨するような異常な数字を叩き出している。
(六十万人……!? そこらの町一つの人口より多い人間が、今の俺を見てるのか……!?)
自分の姿を客観的に想像して、背筋に冷や汗が吹き出す。
腰まで伸びる艶やかな朱赤の髪。陶器のように白い肌。耐魔素材のパーカーとショートパンツから覗く華奢な脚。そして、自分では見慣れない琥珀色の大きな瞳。
画面に映っているのは、どう見てもどこからどう見ても、一人の「可憐な美少女」だ。
精神は16歳の男子高校生・神楽木レンのままであるにもかかわらず、世界中がこの姿に熱狂している。
その時――
――ピコン!! パパパパンッ!!
激しい電子音とともに、配信画面全体に眩い赤色のエフェクトと紙吹雪が踊った。
YouTube配信における最高額の投げ銭――「赤スパチャ(10万円)」だ。
『赤髪ちゃん凄すぎる!! 応援の10万円!!』(投げ銭:¥100,000)
「ひっ……!? じ、じゅ、十万円……!?!?」
自分の声が高く跳ね上がる。
驚愕で目を丸くした瞬間、それを皮切りにするかのように、画面はカラフルなスパチャの嵐で埋め尽くされていった。
『ゴブリン退治お疲れ様! 5万円!』(投げ銭:¥50,000)
『可愛くて強くて最高です! 3万円!』(投げ銭:¥30,000)
『美味しいものでも食べてね! 1万円!』(投げ銭:¥10,000)
『服代にして! 5万円!』(投げ銭:¥50,000)
『追撃の10万!!』(投げ銭:¥100,000)
「ちょ、ちょっと待ってくださいみなさん!? なんですかこの金額!? 十万!? 五万!? 押し間違いですか!? 押し間違いなら今すぐ取り消してくださいっ!!」
画面いっぱいに乱舞する万単位のお金に、俺はパニックを起こしてドローンの前で両手をブンブンと振った。
数日前まで、一日数百円から数千円の薬草を泥にまみれながら摘み取り、一週間の食費を数千円でやりくりしていた貧乏高校生である俺にとって、目の前で数十万、数百万という単位の金が秒単位で飛び交う光景は、恐怖以外の何物でもなかった。
『焦って手振ってるレンちゃん可愛すぎるwww』
『スパチャにビビる美少女ダンチューバー草』
『投げ銭の文化を知らない純粋さ助かる』
『反応が良すぎるからもっと投げたくなるwww』
『追い10万いくぞオルラアアア!』(投げ銭:¥100,000)
『俺も10万!!』(投げ銭:¥100,000)
「やめてぇぇぇっ! 増やさないでっ!! 破産しちゃいますよみなさんっ!!」
頭を抱えて可憐な声で悲鳴を上げる俺の反応に、面白がった大金持ちの視聴者たちがさらにスパチャを投げ込んでくる。完全に悪循環だった。一分も経たないうちに、スパチャの合計額は数百万円に達しようとしている。
『クスクス……大盛況ですね、神楽木さん。いえ、レンちゃん』
イヤホンから白鳥の満足気な、クスクスと喉を鳴らす声が聞こえる。
「白鳥さん! 笑ってないで止めてくださいよ! 俺、こんな大金受け取れませんって! 人生狂っちゃいます!」
『何を言っているのですか。落ち着きなさい』
白鳥のトーンが、少しだけ真面目なものに変わった。
『これはすべて、あなたがこれからダンジョン深層へ行き、男の体を取り戻すための「必要経費(攻略資金)」です。いいですか? ダンジョン中層・深層用の最上級アーティファクトや、特殊な耐魔スーツ、高純度の回復ポーションは、一着や一本で数千万円から数億円します。国家予算レベルの支援があっても足りないくらいなのです。視聴者の皆様からの応援は、ありがたく頂戴しておきなさい』
「数千万円……数億円……」
現実的な数字を突きつけられ、俺はぐっと言葉を詰まらせた。
そうだ。俺はただチヤホヤされたくて配信をしているわけじゃない。金持ちになって贅沢をしたいわけでもない。
体内に融合した未知の『核』を制御し、ダンジョンの最深くにあるという万能の魔力源に到達し――「神楽木レン」として男の身体を取り戻す。
そのための戦いなのだ。深層はAランクやSランクの怪物たちが跋扈する死地。そこに挑むためには、どんなに莫大な資金があろうと足りないくらいなのだ。
俺は大きく深呼吸をして胸に手を当て、乱れた呼吸と胸の跳ね上がりを鎮めた。
そして、ドローンカメラを真っ直ぐに見つめた。
「……みなさん。たくさんの応援、本当に……ありがとうございます。いただいたお金は、遊ぶためじゃなく、すべてこれからのダンジョン攻略のための装備や準備に使わせていただきます」
カメラを見つめる俺の瞳に、真剣な光が宿る。
「俺には、どうしても強くなって……もっと深い階層へ行かなきゃいけない理由があるんです。だから、絶対に途中で諦めたりしません」
視聴者には「男の体に戻るため」という本当の理由は伝わらない。けれど、少女の可憐な容姿の奥にある、切実で強い覚悟は、画面越しに六十万人の視聴者へと確実に伝わっていた。
コメント欄のスクロールがほんの一瞬だけ緩やかになり、次の瞬間、温かい応援の言葉が画面を埋め尽くした。
『目つきが変わった……!?』
『ただのバズり狙いじゃない顔だ』
『何か深い事情があるのか……?』
『応援するぞレンちゃん!!』
『その覚悟、受け取った! ガチ勢として推すわ!』
『深層を目指す美少女……熱いストーリー始まっちゃったよ』
「よし……! それじゃあ、次のエリアへ進みます!」
俺は腰のショートソードを握り直し、浅層第二階層のさらに奥へと続く薄暗い通路へと足を踏み出した。
体内の『核』が静かにドクンと脈動し、熱い魔力が全身の回路を駆け巡る。
自分自身の過剰すぎる強さに困惑しつつも、俺の「男を取り戻すための無双配信」は、世界中を巻き込む大狂乱の渦となって、確実な一歩を踏み出したのだった。
最近この小説の息抜きに別の小説書いてます
書き溜めたら投稿始めたいと思います!




