第7話 復帰配信! 試練の浅層第二階層
ダンジョン庁が管轄する東京第1ダンジョン・浅層第二階層の安全区域。
冷たい石造りのダンジョン壁に背をもたれ、俺は深く緊張の息を吐き出した。
頭上には、白鳥が用意してくれた最新鋭の高性能ドローンカメラが静かに浮遊している。
従来のスマホ型とは比べものにならない高性能なやつで、高画質の映像をブレることなくリアルタイムで配信可能だ。
俺の服装は、昨日買い揃えた黒と濃紺を基調とした耐魔素材のパーカーとショートパンツ、そして動きやすい膝上までのロングブーツ。腰には、ダンジョン庁から支給された標準的な片手剣が収められている。
「神楽木さん、顔が引きつっていますよ。リラックスしてください」
イヤホン越しに、タワマンの特設オペレーション室でモニタリングしている白鳥アオイの声が届く。
「リラックスなんてできるかよ……。画面の向こうに何万人いると思ってんだ……」
「現在、待機所(配信開始前の画面)の同時接続者数は、すでに『25万人』を超えています」
「に、にじゅうごまん……!?」
素頓狂な声が出そうになり、慌てて口を押さえた。
かつての最高同接は「4人」。それが今や、スタジアム何個分もの人間が画面の前で俺の登場を待ち構えているのだ。胃が痛くなりそうだった。
「大丈夫です。あなたには『核』の力がある。そして何より、今のあなたは世界で一番美しい。自信を持って立ちなさい」
「美しさは関係ないだろ……!」
「……5、4、3、2、1――配信、スタートです」
カチリ、とドローンのレンズが赤い光を点滅させた。
画面が切り替わった瞬間、爆発的な勢いでコメントが滝のように流れ始める。
『きたあああああああああああ!!』
『画面がついたぞ!!』
『待ってた!! てか画質良すぎだろwww』
『え……???』
『待って、本物??? 可愛すぎない????』
ドローンのレンズを通して、コメント欄の熱量がダイレクトに伝わってくる。
俺はごくりと唾を飲み込み、震える脚をどうにか踏みしめて、カメラに向かって頭を下げた。
「……みなさん、こんにちは。『レンのまったりダンジョン攻略』へようこそ。……神楽木レンです」
鈴を転がすような、可憐で透き通った少女の声。
それがマイクを通して世界中に響いた瞬間、コメント欄のスクロール速度が肉眼では処理できないレベルに達した。
『声ッッッッ!! 破壊力やばすぎだろ!!』
『TS(性転換)マジだったのか……』
『髪の色綺麗すぎ。琥珀色の目吸い込まれそう』
『男だった頃の影がゼロで草』
『【朗報】神美少女ダンチューバー、爆誕』
同接カウンターは一瞬で『35万人』を突破。
昨夜の事故映像から一変し、公式な復帰配信として高画質で映し出された俺の姿に、ネット世界は完全に大狂乱状態へと突入していた。
「えーっと……昨日の配信で、色々と……怪奇現象というか、大変なことが起きまして。心配をかけてすみませんでした」
頭をかきながらドギマギと話す俺の挙動に、さらに大量のスパチャ(有料コメント)が飛び交う。
『投げ銭が止まらんwww』
『赤くなってるの可愛すぎるだろ』
『で、結局あのモンスターは何だったの? 体調は大丈夫?』
「体調は……その、見ての通り性別が変わっちゃった以外は、すごく健康です。ダンジョン庁の精密検査も受けて、命に別条はないとのことでした」
(『男に戻るためにレベル上げる』なんて馬鹿正直に言ったらパニックになるからな……白鳥さんの指示通り、ぼかしておかないと)
「というわけで、今日からは心機一転、この姿でダンジョン攻略を再開していきます。目標は……まずは、この浅層を突破することです!」
『おおおおお! 応援するぞ!!』
『レベル14だっけ? 無理すんなよ!』
『浅層第二階層はFランクソロにはちょっとキツイぞ』
そう、浅層第二階層。
ここからは、第一階層のスライムや薬草採取とは違い、明確な脅威となるモンスターが出現する。
代表的なのが、集団で襲いかかってくる『ゴブリン・ルーク』や、俊敏な『オーク・スカウト』だ。
レベル14のFランク探索者がソロで挑むには、本来ならかなり危険なエリアだった。
「よし……行きます」
腰のショートソードを抜き放ち、身構える。
その瞬間――
――ガァァァァァッ!!
ダンジョンの通路の奥から、湿った足音とともに三体の影が飛び出してきた。
緑色の醜悪な皮膚に、粗末な鉄くずの剣を持った魔物――『ゴブリン・ルーク』だ。
三体が散開し、連携して俺を囲い込もうと素早い動きで迫ってくる。
『出た! ゴブリン三体!』
『レンちゃん引け! 挟まれるぞ!』
『誰か救助呼べ! レベル14じゃ囲まれたら終わりだ!』
コメント欄が一気に悲鳴と心配の声で埋まる。
以前の俺なら、間違いなく恐怖で足がすくみ、命からがら逃げ出していた局面だ。
(逃げられない……ここで逃げてたら、深層なんて行けるわけがない!)
俺は柄を強く握りしめ、襲いかかるゴブリンを迎え撃とうと踏み込んだ。
その時だった。
――ドクン!!
胸の中央、心臓の奥に眠る『核』が、激しく疼いた。
体内の魔力回路に、まるで高圧電流が駆け巡るような感覚。
全細胞が活性化し、世界が――スローモーションに切り替わる。
「え……?」
襲いかかってくるゴブリンたちの鋭い爪、振り下ろされる鉄の剣の軌道、空気の揺れさえもが、まるで止まっているかのように鮮明に見える。
さらに、頭の中にシステム音のような冷徹なアナウンスが響いた。
【固有スキル:魔導変異・常時発動】
【最適化された身体機能により、全ステータス補正+500%】
【敵個体の動作予測演算――完了】
「ステータス補正……ごひゃくパーセント……!?」
驚愕するヒマはなかった。
一番手前のゴブリンが、鉄の剣を俺の首元めがけて振り下ろしてくる。
本来なら見切ることすら不可能な速度。
だが、今の俺には――止まって見えた。
トッ。
軽い踏み込み一つで、俺は紙一重でその攻撃をかわした。
ゴブリンの剣が虚空を切り、体勢を崩す。
「そこだっ……!」
反射的に、腰のショートソードを閃かせた。
力なんて込めていない。ただ、一番効率的な軌道でゴブリンの首元へと剣を滑らせただけだ。
――スパッ!!
一閃
粘り気のある斬撃音とともに、ゴブリンの首が空中に舞い、光の粒子となって消滅した。
「……え?」
自分の手元を見て、俺自身が一番絶句した。
ゴブリンの頑丈な皮膚と骨を、まるで豆腐でも切るかのように一瞬で叩き斬ってしまったのだ。
「ギ、ギャァァァッ!?」
仲間が一瞬で屠られたことに驚き、残りの二体が血走った目で同時に飛びかかってくる。左右からの挟み撃ち。
だが、身体が勝手に動いた。
右のゴブリンの振り下ろしを短剣の腹で受け流し(パリィ)、その反動を利用して体を滑り込ませると、至近距離から腹部へ強烈な前蹴りを叩き込む。
ドガァァァンッ!!
「ギャブッ!?」
たかが華奢な少女の蹴りのはずだった。
しかし、吹き飛んだゴブリンはダンジョンの分厚い石壁に激突し、壁に巨大な亀裂を走らせてそのまま粒子となって砕け散った。
最後の一体。恐怖で戦慄き、後退りしようとするゴブリンに対し、俺は地面を強く蹴った。
視界が疾走する。音を置き去りにするような加速。
すれ違いざまに横一文字の斬撃を叩き込み――
ズザザーッ……。
静寂が戻ってきた。
三体のゴブリン・ルークは、戦闘開始からわずか「5秒」で、全滅していた。
俺は息一つ乱さず、華奢な手で握ったショートソードの血(魔力粒子)を払うと、呆然とその場に立ち尽くした。
「な……なんだこれ……俺の身体……どうなってんだ……!?」
レベルは14のままだ。
だが、体内の『核』がもたらす【魔導変異】の補正により、俺の身体能力はすでにBランク、あるいはAランク探索者並みの領域へと跳ね上がっていたのだ。
そして――
自分が引き起こした惨状にパニックになる俺を置き去りにして、頭上のドローンカメラとコメント欄は、完全な静寂ののち、凄まじい爆発を起こしていた。
『は??????????』
『今何が起きた????』
『5秒……?????』
『ゴブリンが壁に埋まったぞおいwwwwww』
『え、殺陣? 演出?? マジでレベル14かこれ!?』
『可憐な美少女がでゴブリン粉砕して草』
『強すぎるwwwwwwwwww』
同接数は一瞬で『50万人』を突破。
「男に戻りたい」一心で必死に戦った俺の初戦闘は、視聴者たちの目に**「可憐な容姿で凶悪な怪力を振るう、圧倒的ギャップの無双美少女」**として鮮烈に焼き付けられたのだった。
イヤホン越しに、白鳥の嬉々とした声が響く。
『素晴らしいスタートです、レンちゃん。……さあ、無双配信を続けましょう』
「白鳥さんたすけて……俺、力加減がわからないよ……っ!!」
性別を失った少年の、勘違いと狂乱に満ちた無双配信が、ここに幕を開けたのだった。




