第5話 精密検査と身体の異変
地下駐車場から厳重なセキュリティゲートを幾つもくぐり抜け、俺たちはダンジョン庁本部・地下最深部に位置する「特別医療研究エリア」へと足を踏み入れた。
白を基調とした無機質な廊下には、重厚な金属製の扉が立ち並び、白衣を着た研究員やフル装備の警備特科隊員が行き交っている。すれ違う職員たちが、フードを深めに被った俺の姿を一瞬だけ盗み見し、ひそひそと囁き交わす気配が肌に刺さる。
「……ここが、本庁の地下……」
「ええ。対ダンジョン災害対策の要衝であり、国内で最も高精度な魔導・生体解析装置が揃っている場所です」
隣を歩く白鳥アオイが、落ち着いたトーンで応じる。彼女の足音だけが、静寂な廊下に規則正しく響いていた。
やがて俺たちは、円形の巨大なドーム状の部屋へと通された。
部屋の中央には、宙に浮くように設置されたカプセル状の大型スキャン装置と、壁一面に広がる無数のホログラムモニター。
「神楽木さん。まずは、あなたの身体に何が起きているのかを正確に把握します。あちらの解析カプセルに入っていただけますか?」
白鳥に促され、俺は躊躇しながらもカプセルへと歩み寄った。
透明なガラス蓋が開かれ、内部のシートに腰を下ろす。男もののダボダボのパーカーの袖を固く握りしめると、白鳥が優しい手つきで俺の肩をポンポンと叩いた。
「大丈夫です。痛みを伴う処理は一切行いません。リラックスしてくださいね」
「……はい」
カプセルの蓋が静かに閉まり、機械的な作動音が響く。
次の瞬間、青白い光の束が頭頂部から足先まで幾度も往復し、俺の全身をくまなくスキャンし始めた。
(お願いだ……何かの間違いであってくれ……ただの魔力酔いとか、一時的な変容で、すぐに元の男の体に戻せますって言ってくれ……っ!)
胸の中で必死に神頼みを繰り返す。
16年間、男として生きてきた。泥にまみれ、Fランクとバカにされながらも、自分の足で立ち、両親と妹を失った絶望から立ち上がろうとしていた。その「神楽木レン」という存在の証明が、どうか消え去っていませんようにと。
――ピピピッ。
数分後、電子音とともにカプセルの蓋が開いた。
身体を起こすと、モニター群の前に集まっていた白衣の研究員たちが、驚愕と混乱の入り混じった表情で画面を注視していた。白鳥もまた、眼鏡の奥の瞳を僅かに見開いている。
「白鳥さん……? あの、俺の身体……どうなってますか……?」
少女の高い声で恐る恐る尋ねると、白鳥は研究員からタブレットを受け取り、ゆっくりと俺の元へ歩み寄ってきた。その表情は重い。
「……神楽木さん。包み隠さず、事実をお伝えします」
白鳥が指先でタブレットを操作すると、俺の全身の生体データと魔力線図がホログラムとして空中へ映し出された。
「まず、結論から申し上げます。あなたの染色体および遺伝子構造、生体組織は完全に『女性』へと再構成されています。偽装や魔法的な変化ではなく、細胞レベルで完璧な肉体変容です」
「な……っ!?」
頭を殴られたような衝撃が走る。完璧な女性。細胞レベルでの変容。その冷酷な言葉が、脳内で何度も反響した。
「そ、そんな……! じゃあ、俺は……もう男には……」
「ですが」
白鳥は俺の言葉を遮るように、ホログラムの胸部中央――心臓のあたりを拡大表示させた。
そこには、脈打つ心臓に寄り添うように、漆黒と朱赤の光を放つ小さな「核」のような結晶が漂っていた。
「あなたが体内に吸収したあの未知の魔獣……その『核』が、あなたの心臓、そして魂の回路(ステータス根幹)と完全に融合しています」
「核が……融合……?」
「ええ。あなたのステータス画面に表示されていた固有スキル【魔導変異】。これこそが、その核の力です。あの一瞬であなたの肉体が女性へと変化したのも、この核が放った高濃度の異質魔力に、あなたの弱かった肉体が耐え切れず、魔力伝導率が最も高い『至高の生体構造(美少女の姿)』へと強制的に再構築・最適化されてしまったためだと推測されます」
最適化。至高の生体構造。
そんな都合のいい言葉で、俺の性別が奪われたというのか。
「じゃあ……その核を取り出せば! 胸の核を手術か何かで外せば、元の身体に戻れるんじゃないですか!?」
俺は立ち上がり、白鳥のスーツの袖を必死で掴んだ。
だが、白鳥は首を静かに横に振った。
「不可能です。現在、その核はあなたの生命維持装置そのものとなっています。今無理に摘出すれば、あなたの魂と肉体の結合が崩壊し、即死します」
「そんな……! じゃあ俺は……一生この女の体のまま生きろって言うのかよっ!!」
感情が弾け飛び、叫び声が研究室内に響き渡る。
涙が目元から溢れ出し、頬を伝ってポロポロとこぼれ落ちた。可憐な少女の顔で泣き叫ぶ自分自身が、嫌で嫌でたまらない。
白鳥は袖を掴まれたまま、拒絶することなく俺の叫びを受け止めていた。そして、溢れる涙を自分のハンカチで優しく拭うと、静かに、しかし力強い声で告げた。
「……一生そのまま、とは言っていません。元に戻る道は、一つだけ存在します」
「……え?」
涙で霞む目を上げると、白鳥はホログラムの核のデータを指差した。
「この核は現在、休眠状態にありながらあなたの肉体を固定化しています。ですが、あなたのレベルが上がり、より高密度の魔力を制御できるようになれば……この【魔導変異】のスキルを完全に『支配』することができるはずです」
「スキルを……支配……?」
「はい。現在はこの核に肉体が一方的に最適化された状態ですが、あなたがレベルを高め、ダンジョン深層に存在する高純度魔力源――『ダンジョンの心臓』に到達し、そのエネルギーをもって核を再初期化(再構築)することができれば……あなた自身の意志で、本来の『男性の肉体』へと構造を逆変異させることができる可能性があります」
『ダンジョンの心臓』。
ダンジョン庁の極秘資料にのみ記されているという、ダンジョン最深部に眠る万能の魔力源。
「レベルを上げ……深層に行けば……男に戻れる……のか?」
「確率はゼロではありません。……ですが、神楽木さん。現在のあなたのレベルは『14』。そしてダンジョン深層は、最高峰のAランクやSランク探索者ですら命を落とす死地です。そこに辿り着くには、並大抵の努力では不可能です」
白鳥の言葉は厳しい現実を突きつけていた。
だが、絶望のどん底にいた俺にとって、その言葉は一筋の巨大な救いの光だった。
ゼロじゃない。道はあるんだ。
レベルを上げて、強くなって、ダンジョンの最深くへ行けば――俺は「神楽木レン」として、男の自分を取り戻せる。
「やります……!」
俺は涙を袖でゴシゴシと拭い、白鳥を強く見つめ返した。
「どんなに危険でも……どれだけ時間がかかっても構わない! 俺は、男に戻るために……強くなります! だから、ダンジョンに入らせてください!」
少女の姿をした俺の言葉に、白鳥は一瞬だけ驚いたように目を見開き――やがて、口元に柔らかく、どこか頼もしい笑みを浮かべた。
「……素晴らしい意志です、神楽木さん。では、ダンジョン庁として、あなたに全面的なバックアップを約束しましょう。ただし……一つだけ条件があります」
「条件……?」
「はい。あなたが深層を目指すにあたり、ダンジョン庁の公式サポートとリソース(装備や資金、優先侵入権)を無制限に提供します。その代わり……あなたのこれからのダンジョン攻略の全行程を、再び『ライブ配信』していただきます」
「え……!? は、配信……!?」
思いがけない条件に、俺は素頓狂な声を上げた。
昨夜のあのバズりと、世界中からの過剰な注目。思い出すだけで吐き気がするあの狂乱の中に、自分から飛び込めというのか。
「なぜ配信なんですか……? 俺、別に有名になりたいわけじゃ……」
「理由は二つあります。一つは、世間へのカモフラージュです。現在、あなたという存在は世界中の注目の的です。あなたが隠れ潜めば、怪しい組織や各国の諜報機関があなたを奪い合おうと動き出します。ならばいっそ、ダンジョン庁の管理下で『注目の新人美少女ダンチューバー』として白日の下に晒し続ける方が、手出しができなくなり安全なのです」
「なるほど……表舞台に立ち続けることで、逆に身を守る……」
「そしてもう一つの理由は――『投げ銭』と『視聴者の魔力支援』です」
白鳥がそう言って提示した画面には、昨夜の俺の配信で発生した莫大なスパチャの集計額が表示されていた。わずか一時間の配信で、家が一軒建つような目玉が飛び出る金額だ。
「ダンジョン深層攻略に必要な最高峰の装備や薬品は、国家予算レベルの資金が必要です。配信で得られる収益はすべてあなたの攻略資金に充てられます。さらに……視聴者の熱狂や関心という精神的エネルギーは、ダンジョン内での潜在能力を引き上げる触媒になるという研究データもあります」
白鳥は俺の前に歩み寄ると、すっと右手を差し出してきた。
「世界中を巻き込む大狂乱をあなたの追い風にしなさい、神楽木さん。あなたが『男に戻る』という目的を果たすために、世界中の人間をファンにし、利用するのです」
その言葉には、ただの官僚とは思えないほどの力強さと、怪しいまでのカリスマ性が宿っていた。
世界中を利用して、男に戻る。
ただ怯えて隠れていた昨日までの自分とは、おさらばだ。
「……わかりました。やりましょう、無双配信」
俺は覚悟を決め、華奢な自分の右手で、白鳥の手を強く握り返した。
「よろしくお願いいたします、パートナー。……あ、それと日常のサポートや着替えの手伝い、配信のプロデュースは私白鳥が全責任を持って執り行いますので、安心してくださいね?」
「え……着替えの手伝い……!?」
「当たり前でしょう? 今のあなたはご自分で下着のサイズ合わせすらできないのですから。……ふふ、可愛らしい顔をして赤くならないでください。さあ、まずは形からです。探索者としての新しい服と装備を買いに行きましょうか」
「っ……!? ちょっと待って白鳥さん、距離が近い……っ! 俺は男で――あ、押さないでくださいっ!!」
クスクスと微笑む白鳥に背中を押されながら、俺の「男に戻るための戦い」と、予期せぬ「美少女としての新しい日常」が、いよいよ動き出そうとしていた。
やはり美少女の体こそ至高の生体構造なんですね




