第24話 奪われる核
胸の奥で脈動した朱赤の核から走った紅い光は、ほんの一瞬だけ魔導阻害陣の紫色の光へ混ざったかと思うと、すぐに消えてしまった。
けれど、それを見逃さなかった男は、仮面の奥で何かを確かめるように目を細めていた。
「……今の反応は何だ」
「こっちが聞きたいくらいだよ」
俺はリンの肩を借りながら、どうにか身体を起こした。
胸の奥が焼けるように熱い。心臓そのものを外側から握り締められているような圧迫感が続いていて、息を吸うだけでも身体の内側へ鋭い痛みが走る。それでも、さっき核から生まれた紅い光が頭から離れなかった。
あれは魔導阻害陣に対して核が反応したのか、それとも俺自身が無意識のうちに何かをしたのか。
考えている間にも、男は杖をゆっくりと持ち上げていく。
「もう一度、確認させてもらおう」
杖の先端に埋め込まれた紫色の魔石が強く輝いた。
その瞬間、魔法陣全体へ走っていた光が一斉に脈動し、胸の奥へ今までとは比べものにならないほど強烈な痛みが突き抜けた。
「ぐっ……!」
思わず身体を折り曲げる。
胸の中心から何かを引き抜かれているような感覚があり、心臓だけではなく、そのさらに奥にある何かまで外側へ引っ張られているように感じられた。
「レンちゃん!」
「大丈夫……!」
反射的に答えたものの、声には余裕がなかった。
リンが俺を支えようとするが、その直後、男が杖を横へ振ると魔法陣の一部が反応し、紫色の衝撃波が岩窟を一直線に駆け抜けていく。
「危ない!」
俺が叫ぶより早く、リンは身体を捻って衝撃波を避けたものの、完全には逃げ切れず、肩を掠めた余波によって数メートル先まで吹き飛ばされた。
「リン!」
岩壁へ背中を打ちつけたリンが、痛みに顔を歪めながらもすぐに立ち上がる。
「……大丈夫。ちょっとぶつかっただけだから」
「無理するな」
「無理してるのはレンちゃんでしょ」
そう言ってリンは再びレイピアを構えた。
魔力は使えない。
氷結魔法も、身体強化も使えない。
それでもリンは退こうとしなかった。
その姿を見た瞬間、胸の奥に別の痛みが生まれた。
あののときと同じだ。
俺のせいで、リンが傷ついている。
あのときは、自分に力がなかったから守ることしかできなかった。だからこそ、もう二度と同じことにはならないように強くなろうと決めたはずなのに、今の俺は魔導阻害陣の前で何もできず、またリンに守られようとしている。
「……違う」
俺は地面へ手をつき、震える脚へ力を込めた。
「俺は、何度同じことを繰り返すつもりなんだ」
「レンちゃん?」
リンが振り返る。
俺は胸元へ手を当てながら、身体の奥へ意識を集中させた。
雷電導法を使おうとしても魔力は途中で消える。朱赤魔術を使おうとしても、外へ出そうとした瞬間に魔導阻害陣へ打ち消される。
だったら、外へ出す必要なんてない。
ふと、以前のことを思い出した。
あの死闘のあと、俺がもっと強くなりたいと願ったとき、胸の奥にある核がこれまでとは違う反応を見せたことがあった。身体の内側へ流れる魔力が以前より濃くなり、核と身体の境界そのものが少しずつ曖昧になっていくような感覚を覚えたのだ。
あのときは、それが何を意味しているのか分からなかった。
けれど今なら、少しだけ理解できる。
核は単なる魔力の塊じゃない。
俺の心臓と融合し、魂の回路と繋がり、今の身体そのものを維持している。
だったら――。
「俺が核を動かすんじゃない」
胸の奥へ意識を向ける。
「核と、俺自身を繋げるんだ」
「……何をしている?」
男の声が僅かに揺れた。
俺は答えず、目を閉じた。
魔導阻害陣が邪魔をしているのは、俺が魔力を外へ流そうとしたときだ。ならば、外へ出す必要のない力まで止められるわけではない。
身体の奥にある核へ意識を沈め、その存在を探る。
最初に感じたのは熱だった。
心臓の鼓動と重なるように、もう一つの脈動が身体の奥で響いている。
その鼓動へ意識を合わせた瞬間、全身へ激痛が走った。
「……っ!」
まるで神経一本一本へ熱した鉄を流し込まれたような痛みに、俺は歯を食いしばる。
「レンちゃん!」
「来るな!」
心配して駆け寄ろうとするリンを、俺は片手で制した。
「今は……俺に任せてくれ」
「でも……!」
「大丈夫だから」
正直に言えば、大丈夫なんかじゃない。
立っているだけでも限界に近いし、胸の奥では核を引き抜こうとする力と、それを繋ぎ止めようとする俺自身の意思がぶつかり合っているような感覚が続いている。
それでも、少しずつ分かってきた。
魔導阻害陣によって魔力の流れそのものは止められている。
なのに、核と俺の間にある繋がりだけは消えていない。
むしろ外へ流れる魔力が遮断されたことで、これまで意識していなかった深い部分まで感じ取れるようになっている。
「……これなら」
俺は胸元を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
「まだ、戦える」
男が杖を構え直す。
「あり得ない。魔導阻害陣の中では魔力の循環そのものが成立しないはずだ」
「魔力を使ってるんじゃない」
俺は自分の胸を指先で叩いた。
「こいつと繋がってるだけだ」
その瞬間、朱赤の核が大きく脈動した。
身体の内側を紅い光が走り、それまで完全に沈黙していた神経の奥へ熱が広がっていく。
雷電導法ほどの速度は出せない。
以前のように大量の魔力を一気に放出することもできない。
それでも、身体の中心には確かな力が戻り始めていた。
男の仮面の奥から、低い声が漏れる。
「……核との直接同調か」
「同調?」
「その現象を、お前自身が理解していないのか」
男は初めて明確な動揺を見せた。
「やはり研究記録にあった通りだ。核は宿主の生命活動だけでなく、精神状態にも反応している。お前が強く生存を望んだ場合、核そのものが宿主との結合を強める可能性があるとは聞いていたが……」
「研究記録?」
その言葉に、俺は眉をひそめた。
こいつらは俺の核について、俺自身よりも多くのことを知っている。
それが気味悪くて仕方がない。
けれど、今はそんなことを考えている場合じゃない。
男が杖を振り上げると、魔導阻害陣の光が再び強くなる。
「ならば、同調する前に引き剥がせばいい」
胸の奥へ、再び圧力がかかった。
「ぐっ……!」
膝が震える。
核が外側へ引っ張られる感覚が強くなり、身体の中から何か大切なものを奪われていくような恐怖が込み上げてくる。
そのとき、俺の手を誰かが強く握った。
「レンちゃん」
リンだった。
「……一人で頑張らなくていいよ」
俺はリンを見る。
彼女は傷ついた肩を押さえながら、それでもいつものように真っ直ぐな目で俺を見つめていた。
「私も一緒に戦うから」
「でも、魔力が使えないぞ」
「レンちゃんだって使えないでしょ」
リンは少しだけ笑った。
「だったら条件は同じだよ」
こんな状況なのに、その言葉がおかしくて、俺も小さく笑ってしまう。
「……そうだな」
握られた手へ力を返す。
その瞬間、胸の奥で朱赤の核がまた脈動した。
今度は痛みだけじゃない。
リンの手から伝わる温度と、胸の奥にある核の鼓動が重なり、身体の中心から紅い光がゆっくりと広がっていく。
魔導阻害陣の紫色の光が、その紅い光を押し潰そうとする。
けれど、完全には消えなかった。
ほんの僅かではある。
それでも確かに、俺の中に残っている。
「……まだ終わってない」
俺は短剣を握り直した。
「リン」
「うん」
「今度は二人でいこう」
リンもレイピアを構え直す。
「もちろん!」
魔導阻害陣に覆われた岩窟の中で、紅い光と白銀の刃が再び敵へ向けられた。
男は杖を構えたまま、しばらく俺たちを見つめていたが、やがて仮面の奥から低い笑い声を漏らした。
「面白い……ならば、その結合がどこまで耐えられるのか試してやろう」
紫色の魔力が魔法陣全体へ流れ込み、岩窟の床が低く唸り始める。
それに呼応するように、俺の胸の奥でも朱赤の核が強く脈動した。
次に来る攻撃は、これまでとは違う。
そんな予感だけが、嫌なほどはっきりと伝わってきていた。
なかなかいい話が書けないので次の話に時間かかるかもです
申し訳ないです




