第19話 熱狂の再開、そして出撃の時
一ヶ月という、果てしなく長く思えた沈黙の時を経て、ついにその日がやってきた。
ダンジョン庁直属・中層攻略拠点『第一ターミナル』。
天井高数十メートルを誇るドーム状の巨大な地下広場は、早朝の静けさを完全に塗りつぶすほどの、尋常ではない熱気に包まれていた。
普段から無数の探索者たちが行き交うハブステーションではあるが、今日は年に数回しか行われない大規模作戦――複数の探索者パーティが一堂に会し、ダンジョン中層に繁殖した危険な魔物を一気に討伐・間引きする『中層合同アタック』の開催当日だ。
広場の中央付近には、ダンジョン庁公認の最新式大型配信カメラや、各種報道機関のドローンがいくつも浮遊しており、それらが微かな駆動音を立てながら空中を自在に旋回している。
出撃を直前に控えた数十組のパーティが、それぞれ円陣を組んだり、刃の研ぎ具合や防具のバックルを確かめたりと、入念な最終点検を行っていた。金属が擦れ合う無機質な音と、緊張感を孕んだ低い話し声が重なり合い、広場全体に独特の重圧感と高揚感を充満させている。
「うわぁ……すごい人……! レンちゃん、熱気が皮膚から直接伝わってくるよ」
新調されたスタイリッシュな白銀の軽量プロテクターを身に纏い、腰に氷結魔導触媒を施したレイピアを差したリンが、少し硬い表情で周囲を見回しながら小さく呟いた。
その美しい銀髪のツインテールが、彼女の緊張を映すかのように微かに揺れている。
「大丈夫だよ、リンちゃん。俺たちがこの二週間、血の出るような思いで叩き込んできた特訓を信じよう」
深みのある朱赤と艶消しの黒を基調とした最新型耐魔スーツに身を包んだ俺――神楽木レンは、腰の左右に収めた二本の『オルハルコン・ライト』製短剣の柄にそっと手を置いた。
指先から伝わるしっとりとした金属の重みと冷たさが、荒立ちそうな思考を心地よく冴え渡らせていく。
胸の奥深くに眠る『朱赤の核』は、静かに、しかし力強く一定のリズムで脈打っていた。暴走の兆候は一切ない。ライカとの地獄のような訓練によって、俺はこの暴れ馬のような魔力を、完全に自分の意思で制御し、全身の神経へとスムーズに巡らせる術を体得していたのだ。
「よし、二人とも。配信端末の接続テスト、および音声データの同期が完了しましたよ」
少し離れた特別オペレーションブースから、通信用イヤホン越しに白鳥の落ち着いた声が届く。
「前回の『漆黒の獄狼』襲撃による事故での配信中断から一ヶ月。ダンジョン庁からの事前アナウンスもあり、チャンネルの待機所にはすでに異常な数の視聴者が集まっています。……心の準備は良いですか?」
俺とリンは互いに顔を見合わせ、深く、力強く頷き合った。
「いつでもいけます、白鳥さん。行きましょう」
「了解です。――チャンネル、ライブ配信スタートします」
白鳥の合図と共に、俺たちの目の前に浮遊する小型ドローンのレンズが鮮やかな青色に発光した。
画面が配信画面へと切り替わった瞬間、待機画面に表示されていた視聴者数のカウンターが、まるで壊れた計測器のように恐ろしい速度で跳ね上がり始める。
1万、5万、10万、20万――そして一瞬にして30万人を突破した。
『きたあああああああああああ!!!!』
『レンちゃん!!!! リンちゃん!!!!』
『うおおおおおおおマジで復活した!!!』
『待ってたぞおおおおおおおおお!!』
『怪我は!? 体調は本当に大丈夫なの!?』
『朱赤の美少女剣士復活キタ━(゜∀゜)━!』
『今日の装備、二人ともめちゃくちゃ格好よくない!?』
『リンちゃんのレイピア新しくなってる!』
『レンちゃんの衣装、可愛さとカッコよさが両立しすぎてて尊死する』
『ていうか神装セットじゃんこれ!!』
『画面の華やかさが異常』
画面を埋め尽くす弾幕のようなコメントが、AR視界の端で滝のような勢いで流れていく。
前回の未曾有の事故による配信中断、そしてそこからの電撃的な復帰発表。ネット上のファンや探索者フリークたちにとって、今日の配信はまさに首を長くして待ち望んだ待望の瞬間だったのだ。
「みなさん、お久しぶりです! リンでーす!」
リンが自身の緊張を吹き飛ばすように、カメラに向かって弾けるような笑顔で手を振った。
その瞬間、コメント欄には『かわいすぎる』『天使の笑顔』『全人類が待ち望んだ笑顔』といった文字が一面に躍る。
「一ヶ月間、ご心配をおかけして本当にすみませんでした。たくさんの応援メッセージやお手紙、全部届いてました! 本当にありがとうございます! 今日から私たちは、この『中層合同アタック』で正式に探索者活動を再開します!」
続いて、俺も正面からカメラへ視線を向けた。
カメラの向こうにいる数十万の人間を意識すると、元男子高校生としての気恥ずかしさが胸を掠めたが、内に秘めた強い意志を込め、静かに、しかしハッキリとした声で言葉を紡ぐ。
「神楽木レンです。みんなにたくさん心配をかけてごめんなさい。……でも、もう大丈夫です。俺……私、強くなって戻ってきました。今日の戦い、最後まで見届けてもらえると嬉しいです」
俺がそう言った瞬間、コメント欄のスクロール速度がさらに加速し、文字が判別できないほどの濁流となった。
『うわあああレンちゃん凛々しくなってる!?』
『声に迷いがない……! 覚悟の決まった顔してる!』
『「強くなって戻ってきた」←構文が主人公すぎる件』
『ていうか今日のレンちゃん、なんか雰囲気大人っぽくなってない??』
『前より引き締まった美少女になってて最高すぎる』
『スパチャの準備はできてるぞ!!!』
『中層を無双してくれええええ!』
『生き残ってくれよ!!』
『二人なら絶対大丈夫!!』
爆発的なネットの反響と熱気が最高潮に達する中、ターミナル全体に重厚な重低音のサイレンが鳴り響いた。
いよいよ出撃の合図だ。
「合同アタック参加全パーティ、順次中央転送ゲートへ移動してください! 繰り返します――」
アナウンスが響き渡り、ドーム中央に設置された大型のダンジョン転送ゲートが、青白い光の柱を立てて眩しく発光し始める。
周りにいた無骨な探索者たちが、一斉に武器を構え、装備の感触を確かめながらゲートに向かって重厚な足取りで進軍を開始した。
「行こう、レンちゃん! 私たちの新しい第一歩だよ!」
「うん! 行こう、リンちゃん!」
俺とリンはしっかりと頷き合い、光り輝くゲートの光芒へと足を踏み出す。
画面の向こうで見守る数十万の熱狂的な視線、そして地下深くの闇で静かに爪を研ぐ不穏な刺客たち。
あらゆる思惑と熱気をその身に受け止めながら、俺たちの新たな戦いの火蓋が、今まさに切って落とされた。




