幕間 嵐の前、ふたりの選択
合同アタックを三日後に控えた、初秋の午後。
『中層合同アタック』に向けた最終調整を終えた俺とリンは、白鳥の計らいで半日の特別休暇を与えられていた。
目的は、今回の作戦に合わせて新調された特別装備の受け取りと、その最終調整だ。
「わあ……! レンちゃん、見て見て! このエリア、探索者用のショップがこんなにたくさん並んでるよ!」
新宿の探索者専用街。
一般人の立ち入りが制限されているこの区画は、最先端の魔導具や最新型の耐魔ウェアを扱う専門店が立ち並び、多くの探索者たちで賑わっていた。
銀髪のツインテールを跳ねさせながら、リンが目を輝かせてショップのウィンドウを覗き込んでいる。
「落ち着いてよ、リンちゃん。今日の目的は白鳥さんに指定された特注品の受け取りなんだから」
「分かってるってば! でもさ、レンちゃんとこうやって普通にお買い物するの、始めてだから嬉しくて」
そう言って、リンはご機嫌そうに俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
(うっ……だから距離が近いって……!)
歩道を行き交う探索者たちが、ちらりとこちらに視線を送ってくるのがわかる。
可憐な銀髪の少女と、朱赤の髪の小柄な少女。周りから見れば「仲の良い女子高生ふたり組」にしか見えないのだろうが、中身が男子高校生の俺としては、柔らかい感触が腕に伝わるたびに心臓が激しい警鐘を鳴らす。
「ほら、レンちゃん顔が赤くなってる! 走ったわけでもないのに可愛いんだから」
「からかわないでよ……。ほら、あのお店でしょ?」
俺は誤魔化すように、目的の看板を指差した。
『ダンジョン庁公認・神代魔導工坊』
重厚な自動ドアをくぐると、店内には薬品と金属の混ざった独特の匂いが漂っていた。
「いらっしゃい。……おや、噂の可愛いお嬢ちゃんたちかい」
店の奧にある作業場から姿を現したのは、大きな革製のエプロンを身に纏った初老の男性だった。
白髪交じりの髪を後ろで一つに結び、頑丈そうな腕には無数の小さな傷跡が刻まれている。彼こそが、Aランク探索者であるライカの専属装備も手掛ける魔導技師、菊池ゲンゾウだった。
「初めまして、神代さん。白鳥さんから連絡を受けて伺いました、神楽木レンです」
「氷室リンです! よろしくお願いします!」
俺たちが頭を下げると、ゲンゾウは偏光グラスの奥から鋭い眼光を走らせ、俺たちの体格や立ち姿をじっくりと観察するように見回した。
「ふむ……ライカの奴から話は聞いている。過剰なほどの魔力核を宿した少女と、鋭い氷閃を使うレイピア使いだな。白鳥の嬢ちゃんからも細かいデータが送られてきているよ。……よし、こちらへ来なさい」
ゲンゾウが作業台に掛けられていた厚手の布を叩くように払うと、そこには洗練されたデザインの新しい装備が一式、静かに鎮座していた。
「まずは神楽木のお嬢ちゃん、お前の装備だ」
ゲンゾウが差し出したのは、深みのある朱赤と艶消しの黒を基調とした、極めて軽量な最新型耐魔スーツだった。
「お前が使う『雷電導法』は、体内の魔力で全身の神経伝達速度を強制引き上げする技だ。生半可なウェアじゃ、過熱したお前の魔力と摩擦熱で衣服ごと皮膚が焼け焦げる。だから、生地の繊維にライカの紫電にも耐えうる『絶縁魔導糸』を織り込んである。衝撃吸収能力も一級品だ」
そして、ゲンゾウは作業台の上に置かれた重厚なケースを開いた。
そこに収められていたのは、二本の美しい短剣だった。刀身は漆黒だが、その中央に一筋の朱赤のラインが脈動するように走っている。
「『オルハルコン・ライト』で作った特注の短剣だ。お前の『核』が弾き出す高密度の魔力を流し込んでも、自壊することなくすべてを攻撃力へと変換する。お前の超加速と急所一閃を支える、最高の相棒になるはずだ。握ってみな」
俺は促されるまま、そっと短剣の柄に手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、胸の『核』がドクンと小さく脈打ち、体内の魔力と短剣がまるで吸い付くように同期した。手元から温かい命が宿ったかのような感覚が伝わってくる。
「……すごい。魔力が無理なく短剣に吸い込まれていく……。自分の手足の一部になったみたいだ」
「へっ、職人を舐めるんじゃないよ。お前の過酷な訓練データと睨めっこしながら、ミリ単位で重量バランスを調整したんだからな」
ゲンゾウは満足そうに口端を上げると、今度はリンの方を向き、白銀の鞘に収められた一振りのレイピアを持ち上げた。
「そして氷室のお嬢ちゃん、お前にはこれだ。刃の先端に、極上の『氷結魔導触媒』を埋め込んである。お前の魔力を流し込めば、従来の三倍の密度で冷却波形が拡散する。神楽木の超加速による突撃に合わせて、広範囲の敵を即座に凍結支援するのに最適な設計だ」
「すごい……! 軽く振っただけで、冷気が勝手に刃の先へ集まってくるのが分かります……!」
リンはレイピアを宝物のように抱え込み、目を輝かせながら刃を愛おしそうになぞった。
「感謝するよ。……だがな、ふたりとも。装備がいくら一流でも、使う人間が半端じゃ死ぬ。特に今回の作戦は、裏で胡散臭い連中が蠢いていると白鳥の嬢ちゃんから聞いている。……絶対に生きて戻って、その装備の感想を俺に聞かせに来い。いいな?」
「「はいっ!!」」
ゲンゾウの無骨ながらも温かい激励に、俺たちは強く頷いた。
装備の調整と試着を無事に終えた俺たちは、ショップ街のビルの屋上にあるオープンテラス席で、遅めのランチをとっていた。
秋の爽やかな風が、俺の朱赤の髪とリンの銀髪を優しく揺らす。
テーブルの上には、近くのキッチンカーで買った特製のフルーツクレープが置かれていた。
「……ねえ、レンちゃん」
生クリームを少し鼻の頭につけたリンが、フォークを止め、遠くの街並みを静かに見つめながらポツリと呟いた。
「白鳥さんから聞いたよ。今回の合同アタック、レンちゃんを狙う危ない奴らが紛れ込んでるかもしれないって」
「……うん」
「怖くないの?」
リンの澄んだ青い瞳が、まっすぐに俺の目射抜いてくる。
俺は自分の膝の上に置いた、新調された短剣の感触を確かめるように手を開閉させた。
「……怖いよ。正直、あの『漆黒の獄狼』に襲われた時の感覚は、今でも夢に見るくらいだ。自分が無力で、一瞬で潰されるかもしれないっていう恐怖は、消えてない」
「レンちゃん……」
「でもさ」
俺はクレープを一口噛み締め、リンに向かって力強く微笑んだ。
「今はライカさんに叩き込まれた技術がある。ゲンゾウさんが作ってくれた最高の武器もある。そして何より……隣にリンちゃんがいるからね」
リンの頬が、ぽっと朱色に染まる。
「もう二度と、あんな思いはしたくないし、させない。狙ってくる奴らが誰だろうと、返り討ちにして全員叩き潰すよ。俺たちの邪魔は絶対にさせない」
元男子高校生としてのプライドと、この二週間で培った確かな自信。
それが言葉となって自然と口から溢れ出していた。
リンは一瞬だけ呆けたように俺を見つめていたが、すぐに嬉しそうに目を細めると、胸の前で小さな拳を力強く握りしめた。
「うん! 私も、全力でレンちゃんを守るし、一緒に戦う! 私たちふたりなら、どんなピンチだって絶対に乗り越えられるよ!」
「ふふ、頼りにしてるよ、相棒」
「もうっ、相棒だけじゃなくて『可愛いパートナー』って言ってくれてもいいんだよ!?」
「それは自分で言うことじゃないでしょ……」
夕暮れのオレンジ色の光が、街並みとふたりを優しく包み込んでいく。
迫り来る陰謀と激戦の予感。しかし、俺たちの心にはもう一点の迷いも存在しなかった。
一ヶ月の沈黙を破り、最強のペアが再びダンジョンへと降り立つ時は、もう目の前に迫っていた。
ちょっとリアルが忙しくて、毎日投稿できなくなる日があるかもしれませんがご了承ください。




