第2話 バズりと絶望と、見知らぬ鏡像
「……え、なにこれ。数字の増え方がバグってる……?」
ダンジョン浅層の静寂の中、俺は浮遊する配信ドローンの液晶画面を呆然と見つめていた。
画面右上に表示されている同時接続者数(同接)のカウンターが、あり得ない速度で回転している。
『12』『1,400』『15,800』『82,000』……
「は、八万!? ちょ、ちょっと待ってくれ、故障か!?」
思わず大声を張り上げた瞬間――自分の喉から跳ね返ってきた音に、心臓が跳ね上がった。
高くて、可憐で、鈴を転がすような少女の声。
「つ、あ……!?」
自分の口を手で覆う。しかし、手に触れた感触すらおかしい。ゴツゴツしていたはずの指先は滑らかで華奢になり、骨格そのものが小さくなっている。
コメント欄はもはや肉眼で追いかけられないほどの超スピードで流れていた。
『声まで可愛すぎて草』
『待って、男の声出そうとして失敗した?』
『さっきの黒い化け物どこ行ったん???』
『てかこの子、登録者3人の底辺チャンネルの子???』
『【朗報】神美少女、誕生の瞬間を目撃してしまう』
「ち、違う! 違うんだ! 俺は男で――神楽木レンで――!」
必死に画面に向かって手振り手振りで訴えようとするが、華奢な袖から覗く真っ白な手首と、胸元で揺れる鮮やかな朱赤の髪が画面に映り込むたび、コメント欄の熱量は跳ね上がっていく。
『焦ってる姿もてぇてぇ……』
『神楽木レンって男子高校生の名前じゃね?』
『TS(性転換)か!? モンスター吸収してTSしたんか!?』
「TS……? 冗談じゃない……そんな、わけ――」
視覚、感覚、声、そしてコメント欄の反応。あらゆる要素が「俺の身体に変異が起きた」という現実を突きつけてくる。
(落ち着け……とにかく、一度ダンジョンを出ないと。今の俺の身体、レベルは14のままだ。こんなパニック状態で別の魔物と遭遇したら死ぬ……!)
「配信……切る……っ!」
震える指先で配信終了ボタンを押し、ドローンを収納モードにして女子用の華奢な探索服のポケットに押し込んだ。
身体が異様なほど軽い。男だった頃の感覚が完全に消え去り、一歩踏み出すたびに宙に浮いているような気持ち悪さが全身を苛む。
逃げるようにダンジョンのゲートを通り抜け、夕暮れの街へと飛び出した。
普段なら誰も気に留めないFランクの探索者。しかし今日は違った。すれ違う人々や探索者たちが、あからさまに足を止め、俺の姿を凝視してくる。
(見るな……誰も俺を見るな……っ!!)
視線が痛い。気持ち悪い。頭がどうにかなりそうだった。
うつむき加減に赤髪を隠しながら、俺は一目散に自宅へと走った。
数年前のスタンピードで家族を失い、一人で暮らしている古いアパート。鍵を開け、玄関に滑り込んでドアを閉めた瞬間、荒い息とともに膝から崩れ落ちた。
「ハァ……ハァ……っ、なんなんだよ……これ……」
呼吸が整わない。胸の圧迫感に手を当てると――柔らかく豊かな膨らみの感触が手に伝わってきた。
「ひっ……!?」
悲鳴を上げて弾かれたように手を離す。
嘘だ。信じたくない。現実であってたまるか。
俺は這いずるように洗面所へ向かい、鏡を見上げた。
「……っ!!」
そこに映っていたのは、夕闇の中でも鮮やかに輝く赤髪と、吸い込まれそうな琥珀色の瞳を持つ、見知らぬ美少女だった。
「誰だ……誰なんだよお前はっ……!!」
鏡に向かって手を伸ばすが、鏡の中の少女も全く同じ動作で震える手を伸ばしてくる。
胸の膨らみ、細い腰、小さくなった足、何一つとして「神楽木レン」だった頃の俺の身体じゃない。
「嫌だ……戻せよ……! 元に戻せよ!!」
自分の顔を何度も叩いた。爪が肌をひっかき、赤い筋が浮かぶ。痛みはある。夢じゃない。
男として生きてきた16年間の記憶と存在が、あの一瞬で塗り替えられてしまった絶望感が胸を押し潰す。
涙がボロボロと溢れ落ちてきた。少女の声で絞り出される泣き声が、さらに自分を追い詰めていく。
「父さん……母さん……なんで俺なんだよ……っ……」
家族を失って、一人で必死に生きてきた。Fランクの底辺でも、泥にまみれて薬草を摘んで、男として踏ん張ってきたのに。どうしてこんな化け物の真似事みたいな姿にならなきゃいけないんだ。
床に伏して涙を流し続ける俺の傍らで、放り投げたスマートフォンが激しく振動を始めた。
画面には「通知:10,000件以上」の文字。SNSのトレンドは俺の変異の映像で埋め尽くされ、チャンネル登録者数は数十分で「10万人」を突破していた。
世界中がこの「赤髪の美少女」に熱狂し、盛り上がっている。
だが、その中心にいる当の本人は、性別も、存在も奪われた絶望の中で、一人ただ震えることしかできなかった。
最初は少し重いですねー




