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魔女と閻魔の幸福な地獄恋語り  作者: BPUG


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第4話 魔女の棲家


「あー、怒られちゃった」

「カカカ」


 針山地獄での実験を終え、魔女は暗い地獄の空を飛びながらため息を吐く。

 溶岩のように真っ赤な空には墨よりも濃い黒雲がたなびき、その合間を不規則に不気味な光が奔る。

 不思議と熱さは感じない。

 眼下では亡者を溶岩へと蹴り落とす獄卒たちが魔女を見つけて、珍し気に手を振る。魔女はそれに答えるようにくるりと円を描き、さらに先へ進む。


「笑わないでよぉ」

「カカカカ」


 竹ぼうきの先についたシャレコウベが喉もないのに乾いた笑いを立てる。

 その伽藍洞な目の奥で蒼い炎が揺れて、昏い地獄の空の道筋をうっすらと照らす。

 魔女は竹ぼうきに横向きに座り、眼下に広がるまさに地獄の景色を眺める。

 どこを見ても苦しみに悶えてのたうち回る亡者たちばかり。


「でもまぁ、地上で見た地獄とさして変わらないか」

「カカカカ」


 ここで苦しむのが罪人であるというのなら、地上で苦しんだ者たちはいったい何の咎があったのか。

 唯一の違いは、戦場で四肢がちぎれた者は死をもって救済されるが、ここは永遠の煉獄。死んでもまた幾億年の苦しみのために蘇生される。


「無駄なことしてるわよねぇ」

「カカカカ」


 乾いたシャレコウベの笑いを聞きながら、魔女は徐々に高度を落として今にも崩れそうなあばら家の前に降り立つ。

 終わりない地獄の景色の端、魔女に与えられたこの棲家は、獄卒たちが使う鉄の縄や鞭、口をあけさせる鉗子《かんし》などを保管する倉庫であったらしい。

 その道具を少しばかり借り受けて、魔女は意気揚々と実験を繰り返しているのである。


「よっと」


 ふわりと箒から地面に足を付け、シャレコウベをほうきの先から外して手に持つ。

 地獄は常に薄暗く明かりが少ない。空を明るく照らすのは真っ赤に燃える窯や煮えたぎる沼の周辺だ。

 普通の人間であれば近づきたくもない場所。だが魔女はいささか普通の人間とはかけ離れているため、暖を取ったり刻一刻と変化するマグマを眺めに行ったりと悠々と過ごしている。


「ただいまぁ」


 扉すら朽ちた小屋の敷居をまたぎ、さらに暗くなった中に入る。


「オカエリ、ナザイマゼ」

「はいはーい」


 小屋の奥から腰の曲がった小鬼が出てきた。その首に幾重にも巻かれた鎖がじゃらじゃらと音を立てた。

 これは決して魔女が施した悪趣味な装飾ではない。小鬼が罪人たちを追い立てる時に使うため、常に身に着けているもの。

 この小鬼は閻魔によってつけられた小間使いであり監視役。でもほうきに乗って自由に地獄を飛び回る魔女に全くついていけず、ほぼほぼ小屋に置き去りにされている。


「コレ、メジ」

「お、美味しそ。ありがとね、ショウちゃん」

「グブブ」


 ちゃぶ台に並ぶ質素だが申し分のない量の食事に魔女は顔をほころばせる。

 ショウというのは名前がないと言う小鬼に、”小”を読み替えて魔女が付けた名だ。

 その名を呼ばれるたび、大きな牙のせいで閉まらない小鬼ショウの口から奇妙な笑い声が漏れる。


「今日、閻魔様に怒られたわ」

「ビィ!?」

「あはは! 何、その声?」


 大きく口を開けて笑いながら、魔女はちゃぶ台の前に自然な所作で正座をし、パンッと両手を合わせてから早速箸を取った。

 暖炉の揺れる炎がむき出しの小屋の床を照らす。


「エンマサマ、ナンッテ?」

「んー、針山の実験が気に入らなかったみたいね」

「アー、アデ」


 魔女が作っていた薬を思い浮かべ、ショウはなんとも言えない顔をする。くしゃくしゃの皺の入った顔に皺が増えた。

 魔女は丁度いい塩梅に漬けられた大根をポリポリと噛み、肩をすくめる。

 小鬼に人間の美醜は分からないが、この魔女は閻魔様と並んでも遜色ない存在感を放っている。

 通常地獄に回されてくる亡者たちは疲れ果て、そしてこれから訪れる責め苦への絶望に打ち震えている。

 だがこの魔女はどうだ。生気に溢れ、意気揚々とこの地獄を巡り、あまつさえ「地上だと許されなかった実験がやり放題!」と顔を輝かせている。

 閻魔様直々に監視役として魔女につけられた小鬼だが、この魔女と暮らして一ヶ月。未だにこの魔女の存在が良く分からない。


「イヅ、マジョノサイバンアル?」

「さぁねぇ。そもそも私の名前が閻魔帳に無いんだし」

「ナンデ?」

「さあ? なんでかしらねぇ」


 川魚にかぶりつき、唇で弧を描く魔女。

 得体のしれない圧にショウは曲がった背を震わせる。

 死んだ者は亡者となり全員裁判を受ける。その裁判の裁判長がこの地獄を支配する閻魔大王だ。

 閻魔様は閻魔帳と呼ばれる亡者全員の記録が書かれた帳簿を持っている。そしてそこに書かれた亡者の生前の記録を読み、犯した罪の重さに応じてどの地獄に送るかを決定する。


 だがしかし、この魔女の名が閻魔帳のどこを探しても見つからないのだ。

 この地獄ができて一度も聞いたことがない事態に、地獄全体が震えた。

 それから早一ヶ月。魔女はまるで観光に来たかのようにこの地獄を楽しみ尽くしている。


 一方の閻魔殿では日夜、全閻魔帳をひっくり返して魔女の名を探す作業に追われている。地獄の罪人を追い立てる獄卒たちが、まさに地獄を味わっているとは何たる喜劇。

 その作業から免除された自分は幸運なのかどうか。

 そして、閻魔殿から響く「ドコダ!? ドコダ!? 『ミネルバ・マクシール』、ドコダ!?」の声が届かないこの場所にいられることも。


 雑穀がまざった米を頬張り、幸せそうに笑う魔女ミネルバ。

 小鬼はため息を押し殺し、小さな角の生えた頭をフリフリと振って台所の片付けでもするかと体の向きを変えた。




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