第48話 感情とは……
いつも読んでいただきありがとうございます。
友達とマスターの動きが止まる。
喫茶店全体が白い光に包まれ、無と男だけがその場に残された。
天井のない空間。
空には心電図の波形と、嘘発見器のような波形が静かに浮かんでいる。
無 「シンプル。」
男 「そうなのか?」
「変わった景色だな。」
「これが俺の世界か。」
無 「そうだ。」
男 「確かに俺らしい。」
「何も揺るがない。」
「何にも影響されない。」
無 「そうか。」
「慈悲。」
男 「あるさ。」
「ただ、俺に影響を与えることはない。」
無 「なぜ。」
「最初から。」
男は少しだけ考える。
男 「そんな訳……ないかな。」
「物心ついた頃からかもしれない。」
「色々あったからな。」
無 「何があった。」
男 「失恋。」
「裏切り。」
「孤立。」
「まぁ、誰でも経験するようなことだよ。」
無 「理解。」
「助け。」
「同情。」
男は表情を一切変えない。
声色も変わらない。
男 「普通なら求めるのかもね。」
「でも、求めたところで必ず手に入る訳じゃない。」
「助かる保証もない。」
「だったら最初から関わらなければいい。」
無 「違う。」
男 「何が違う?」
無 「愛。」
「家族。」
「記憶。」
「必要。」
男は少し微笑む。
男 「うーん。」
「俺をそんなに悪者にしたいのかな。」
「影響されたくないだけだよ。」
「大切なものはある。」
無 「それは。」
「感情。」
「成立しない。」
男は首を傾げた。
首筋の『11』は微動だにしない。
男 「どうしたんだ?」
「俺、一言も『感情がない』なんて言ってないと思うんだけど。」
無 「………。」
無は黙る。
初めて理を見誤った。
感情を理解できない無には、今までで一番難しい相手だった。
男 「間違えたのかな?」
「俺は笑ったり、人を見下したりしないから安心していいよ。」
無 「感情。」
「無い訳じゃない。」
「なぜ。」
男 「さっきの説明じゃ分からなかったか。」
「他人のために使う感情がないだけだよ。」
「他人に振り回されたくない。」
「ちなみに君にもね。」
無 「他人。」
「愛。」
「憎しみ。」
「怒り。」
「無いのか。」
男 「無いね。」
「乱されたくない。」
「他人に俺の心へ入ってきて欲しくない。」
無 「愛。」
「2人で作る。」
男 「そうだね。」
「1人じゃ作れない。」
「時間を重ねれば育っていく。」
「でも、感情を出すから苦しむ。」
「無ければ平等だ。」
無 「何故。」
「話す。」
男 「君が分かってないから。」
「教えてあげてる。」
無は静かに男を見つめる。
無 「教えたい。」
「自分を理解してほしい。」
「それは。」
「感情。」
男の表情が初めて僅かに揺れた。
男 「違う。」
「俺は。」
「怒ってなんかいない。」
無 「違う。」
「否定された。」
「嫌だった。」
「だから。」
「怒った。」
首筋の『11』に、小さなヒビが入る。
男は初めて息を呑む。
男 「……。」
無 「声。」
「トーン。」
「変わった。」
男 「違う!」
無 「違わない。」
「怒り。」
「感情。」
男は言葉を失う。
首筋の『11』はさらに大きくヒビ割れていく。
男 「俺は……。」
「自分を守ろうとしただけだ。」
「他人に心を荒らされたくなかっただけだ。」
その瞬間、『11』が砕け散る。
空に浮かぶ心電図も、嘘発見器の波形も、静かに小さくなっていく。
男は初めて悲しそうな表情を浮かべた。
男 「俺は……。」
「間違えたのかな。」
「自分を守っただけなのに……。」
しばらく沈黙が流れる。
そして男は、小さく笑った。
男 「……でも。」
「あの時の俺には。」
「これしか出来なかった。」
光が男を包み始める。
無 「感情。」
「難しい。」
男は静かに頷く。
男 「本当に……難しいな。」
そう言い残し、光と共に姿を消した。
喫茶店へ戻る。
マスターが動き出し、友達も何事もなかったように話を続けている。
無は残っていたクリームソーダをゆっくり飲み干した。
グラスの中の炭酸が、小さな音を立てて弾ける。
無
「感情。」
「難しい。」
喫茶店を出た無は、夕暮れの空を静かに見上げた。
今後もよろしくお願いいたします。




