第46話 人が作ったルール
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コーヒーから立ち上っていた湯気が、不意に止まる。
時計の針も、店内の空気も静止した。
マスターの姿は静かに消え、その場所には1人の女性が立っていた。
目隠しをし、片手には天秤、もう片方には剣。
裁きを司る女神――テミス。
針山は周囲を見回し、小さく笑う。
針山 「まるで裁判だね。」
無 「そうか。」
針山 「なら、俺が正しいって分かるだろ。」
テミスは何も語らない。
ただ静かに天秤を掲げていた。
無 「やっていること。」
針山 「悪い奴から奪ってるだけだ。」
「人を騙して金を巻き上げる。」
「そのせいで人生を壊された人が何人もいる。」
「そんな奴らから金を取って、困ってる人に渡して何が悪い?」
無 「理由。」
「犯罪。」
針山 「俺は一円も自分のために使ってない!」
「全部、児童養護施設や保護施設に送ってる!」
「救われた人だっている!」
無 「救い。」
「ない。」
針山 「なんで分からない!」
「あれだけの金があれば救える命もある!」
「施設だって助かる!」
無 「共犯。」
「使えない。」
針山の表情が止まる。
針山 「……え?」
無 「盗まれた金。」
「犯罪。」
「使えない。」
針山の首筋に浮かぶ『10』へ、小さな亀裂が走る。
針山 「でも……」
「取り返せるはずがない!」
「相手は悪人なんだ!」
無 「法律。」
針山 「法律なんて腐ってる!」
「困ってる人を救えない!」
「被害者ばかり苦しむ!」
「だから俺がやるしかなかった!」
無 「法律。」
「人間が作った。」
「だから。」
「完璧じゃない。」
針山 「……だから俺が正そうとした。」
無 「1人では。」
「法律になれない。」
針山は言葉を失う。
無 「善でも。」
「悪でも。」
「決めるのは。」
「お前じゃない。」
長い沈黙。
針山はゆっくりと目を閉じる。
針山 「……そうか。」
「俺は裁く側になったつもりだった。」
「犯罪者を憎み過ぎて……」
「自分も同じ場所まで降りていたのか。」
無 「奴ら。」
「お前。」
「同じ。」
「犯罪。」
針山は苦く笑う。
針山 「助けたかっただけなんだけどな……。」
無 「知っている。」
「でも。」
「方法が違う。」
「成立しない。」
その言葉と同時に、首筋の『10』が大きく砕け散る。
眩い光が店内を包み込んだ。
針山 「法律は腐ってる……。」
無 「人間が作ったものだ。」
「完璧はない。」
針山 「……難しいな。」
「迷惑を掛けてしまった。」
「ごめんな。」
テミスは静かに天秤を下ろす。
針山は最後に小さく笑い、光と共に消えていった。
テミスの姿も静かに溶けるように消えていく。
コーヒーの湯気が再び立ち上る。
時計の針が動き始めた。
マスターが振り返る。
マスター 「……あれ?」
「また居なくなってしまった。」
無は静かに立ち上がり、会計を済ませる。
喫茶店を出ると、夜風が頬を撫でた。
空を見上げ、小さく呟く。
無
「法律。」
「必要。」
「でも。」
「完璧じゃない。」
少しだけ空を見つめる。
「だから。」
「難しい。」
今後もよろしくお願いいたします。




