第42話 存在
いつも読んでいただきありがとうございます。
数日間、無は交差点へ通っていた。
女性は毎日そこへ来ては、凍矢の話をした。
同じ話を何度も繰り返した。
それでも少しずつ涙は減り、声も落ち着きを取り戻していく。
女性 「明日はね……」
「凍矢のお父さんとお母さんと一緒に、お墓へ行くの。」
「だから明日は来ないね。」
無 「判った。」
女性は交差点に供えていた花束を手に取り、缶コーヒーや凍矢の好きだった飲み物も袋へしまい始めた。
無 「何故。」
女性 「私だって、そのままにしておきたいよ。」
「でも……他の人に迷惑になっちゃうから。」
「花や飲み物を置いたままだと、虫や鳥が集まって荒らしちゃうの。」
「だから……片付けるの。」
無 「そうか。」
女性は最後に交差点へ向かって深く頭を下げる。
そして静かに歩いて行った。
無は、その後ろ姿を見送った。
その翌日。
交差点へ1人の男性が歩いてくる。
顔には事故の火傷を隠すように包帯が巻かれていた。
今は――風雅と名乗っている。
風雅 「あの事故以来……全部順調だ。」
「風雅には悪いけど。」
「俺が生きていても仕方なかった。」
「これからは俺が風雅として生きる。」
「風雅の人生は……俺が歩む。」
自分に言い聞かせるように呟きながら交差点へ向かう。
しかし。
そこには何もなかった。
花も。
飲み物も。
手を合わせる人も。
風雅 「思った通りだ。」
「何もない。」
「予想はしてたけど……。」
「実際に見ると少し寂しいな。」
その時。
無と目が合った。
無 「どうした。」
風雅 「少し前、この交差点で事故があったんだけど……知ってる?」
無 「知ってる。」
風雅 「運転を誤って標識に突っ込んだ。」
「俺もその車に乗ってた。」
「何とか助かったけど……友達が死んだ。」
無は何も尋ねていない。
それでも風雅は話し続けた。
誰かに聞いてほしかったのだろう。
無 「お前が。」
風雅 「ん?」
「何か知ってるのか?」
無 「女性。」
「毎日泣いている。」
風雅は首を横に振った。
風雅 「何の話だ。」
「凍矢に泣いてくれる女なんて居ない。」
「誰も悲しんでない。」
「誰も覚えてない。」
無 「そんなことない。」
風雅 「現に見ろ。」
「花1つ残ってない。」
「誰も来ない。」
「もう忘れられてる。」
「凍矢が死んで良かったんだ。」
無 「友達なのに。」
風雅は少しだけ笑った。
その笑顔は、どこか寂しかった。
風雅 「だからだよ。」
「友達だから判る。」
「凍矢は……俺より価値がなかった。」
無 「違う。」
風雅 「違わない。」
「俺が死ぬより。」
「凍矢が死んだ方が良かった。」
「……そうじゃないと。」
「俺は生きていけない。」
無 「忘れてない。」
「1人には。」
風雅 「何を言ってる。」
「事故からまだそんなに経ってない。」
「それなのに誰も来ない。」
「これが現実だ。」
「凍矢はもう存在しない。」
その瞬間。
風雅の首筋に、黒い『9』がはっきりと浮かび上がる。
無 「No.9。」
風雅 「なんだ?」
「突然、何を言ってる。」
無 「存在。」
風雅 「忘れられた者は存在しない。」
「誰も覚えていない。」
「だから凍矢は存在しない。」
無 「違う。」
「忘れられてない。」
「1人には。」
風雅 「しつこいな。」
「この状況が答えだ。」
「他に方法はなかった。」
「凍矢はもう――存在しない!」
その瞬間。
夕陽が止まる。
車の音が消え。
信号は赤のまま動かなくなる。
世界から色が抜けるように、人々の姿が消えていく。
気が付くと。
無は運転席に座っていた。
風雅は助手席。
車は止まっている。
しかしフロントガラスの向こうだけが映像のように流れ始める。
事故当日の景色が――ゆっくりと映し出されていく。
今後もよろしくお願いいたします。




