第40話 試行錯誤
いつも読んでいただきありがとうございます。
澪 「これが私の幸せよ。」
「嫌なことも、辛いことも、悲しいことも何もない。」
「楽しいことだけが残る世界。」
無 「幸せ。」
澪 「そうよ。」
「見て。」
「みんな笑ってる。」
「笑顔しかないの。」
「こんな幸せなことはないわ。」
無 「そうか。」
「消えた記憶。」
澪 「必要ないわ。」
「消した記憶に幸せなんてないもの。」
「要らないものは消しちゃえばいいのよ。」
無 「記憶がなければ。」
「幸せ。」
澪 「そう。」
「記憶になければ痛みもない。」
「覚えてないんだから。」
無 「違う。」
「記憶になくても。」
「傷は残る。」
澪 「傷があっても理由が分からなければ辛くない。」
「記憶があれば傷を見るたび思い出す。」
「また苦しくなる。」
「でも記憶がなければ傷だけ。」
「心は痛まない。」
「心は壊れない。」
無 「痛みがない。」
「だから。」
「成長がない。」
澪 「幸せなら成長なんて要らない!」
「私が幸せなら、それでいいの!」
無 「同じ失敗。」
「繰り返す。」
「幸せじゃない。」
澪 「幸せよ!」
「覚えてないんだから!」
無 「傷が増える。」
澪 「……。」
無 「傷だらけ。」
「幸せ。」
澪 「……し、幸せよ。」
無 「忘れても。」
「自分だけ。」
「傷は消えない。」
「幸せ。」
澪の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
首筋の『8』に、小さな亀裂が走った。
澪 「……辛くて。」
「忘れなきゃ生きていけなかった。」
「覚えていたくなかったのよ……。」
「覚えていて何がいいの?」
「忘れなきゃいけないのよ!」
無 「判る。」
「忘れる。」
「学ぶ。」
「それから。」
「忘れる。」
澪 「簡単に言わないで!」
「私がどんな目に遭ったか知らないくせに!」
無 「今。」
「幸せ。」
「成立しない。」
その瞬間。
首筋の『8』が、音を立てて砕け散る。
澪は静かに涙を流しながら笑った。
「ねぇ……。」
「幸せって何よ。」
「ずっとこれが幸せだと思ってた。」
「でも……違ったね。」
「幸せって難しいね。」
「愛……。」
「ありがとう。」
「ごめんね。」
言葉と共に、澪の姿は光に包まれていく。
空一面に映し出されていた記憶の映像も、一つ、また一つと消えていく。
止まっていた時間が動き出した。
マスターがアイスコーヒーを淹れ始める。
店の外では、人々が何事もなかったように行き交っていた。
愛がトイレから戻ってくる。
愛 「えっ?」
「澪?」
辺りを見回し、不安そうな表情で無を見る。
「すみません。」
「連れを見ませんでしたか?」
無 「判らない。」
「……ありがとう。」
「ごめんね。」
「言っていた。」
愛は意味が分からず戸惑う。
それでもテーブルにお金を置き、慌てて店を飛び出した。
スマートフォンを握りしめ、澪の名前を呼びながら走っていく。
無は静かにクリームソーダを飲み干し。
席を立ち、喫茶店を後にする。
歩きながら、小さく呟いた。
無 「忘却。」
「必要。」
「だが。」
「難しい。」
「……判らない。」
無は空を見上げた。
人間は、忘れることで救われることもある。
忘れないことで、前へ進めることもある。
その答えは、まだ無には分からなかった。
今後もよろしくお願いいたします。




