第39話 忘却
いつも読んでいただきありがとうございます。
クリームソーダの味が忘れられなかった。
無 「……美味しかった。」
気付けば、またあの喫茶店の前に立っていた。
扉を開ける。
カラン、と鈴が鳴る。
マスター 「いらっしゃいませ。」
「ご注文は?」
無 「クリームソーダ。」
マスターは少し笑いながら頷く。
「お好きなんですね。」
「かしこまりました。」
マスターがカウンターの奥でクリームソーダを作り始める。
その時、奥の席から小さな声が聞こえてきた。
愛 「……大丈夫なのかな。」
無にも聞こえていた。
だが、今はクリームソーダの方が気になっていた。
勢いよく店の扉が開く。
澪 「ごめんね!遅れちゃった!」
愛 「いいよ。」
「それより、結婚考え直した?」
澪は首を傾げる。
「結婚?」
「誰が?」
愛 「……え?」
「澪……結婚するって言ってたじゃん。」
澪は笑って首を振る。
「ないない!」
「まだ二十歳だよ?」
「もっと遊ばないと。」
愛の表情が固まる。
「……指輪は?」
澪は自分の左手を見つめる。
「指輪なんてしてないよ。」
愛 「保証人になったでしょ?」
澪 「何それ?」
愛 「300万円。」
澪 「あっ!」
「そういえば使ってないのに請求書と督促状が届いたよ。」
「詐欺だと思って放ってあるけど。」
愛 「……いくら?」
澪 「300万だったかな。」
愛は思わず立ち上がる。
「それだよ!」
「やっぱり騙されてるじゃん!」
澪は本気で困った顔をする。
「誰に?」
愛 「婚約者に!」
澪 「ねぇ……何の冗談?」
「動画でも撮ってるの?」
「いい加減にしないと怒るよ。」
その真剣な表情に、愛は言葉を失った。
店内が静まり返る。
その空気を切るように、マスターが戻ってくる。
「お待たせしました。」
「クリームソーダです。」
無は静かにグラスを手に取り、一口飲む。
「……美味しい。」
その姿を見て、マスターは思わず微笑んだ。
マスターは2人の席へ向かう。
「ご注文はお決まりですか?」
2人は顔を見合わせる。
愛 「アイスコーヒーで。」
澪 「私も。」
「かしこまりました。」
愛は立ち上がる。
「ちょっと、お手洗い行ってくる。」
澪 「うん。」
愛の姿が見えなくなり、澪が一人になった。
無は静かに口を開く。
「No.8。」
澪 「え?」
「何ですか?」
「新手の勧誘ですか?」
無はもう一度言う。
「No.8。」
「忘却。」
その言葉と同時に、澪の首筋へ黒い『8』がゆっくりと浮かび上がる。
次の瞬間。
マスターの動きが止まる。
店内の音が消える。
窓の外を歩いていた人々も、1人、また1人と姿を消していく。
喫茶店には、無と澪だけが残された。
そして空一面に、映像が映し出される。
澪が笑う姿。
泣く姿。
誰かに騙される瞬間。
そして――。
映像は突然途切れ、別の場面へ飛ぶ。
また途切れる。
また飛ぶ。
まるで大切な部分だけが切り取られたように。
無は静かに空を見上げた。
「……記憶。」
今後もよろしくお願いいたします。




