第38話 人間は忘れる生き物
いつも読んでいただきありがとうございます。
歩きながら、無は考えていた。
愛とは何なのか。
性欲は必要なのか。
愛が先なのか、性欲が先なのか。
無 「判らない。」
必要だと思っているだけなのかもしれない。
本当に必要なのか。
無 「……判らない。」
考え続けているうちに疲れたのか、無は近くの喫茶店へ入った。
マスター 「いらっしゃいませ。ご注文は?」
無 「クリームソーダ。」
マスター 「かしこまりました。」
無は1人、窓際のテーブルへ座る。
すると、後ろの席から若い女性2人の話し声が聞こえてきた。
愛 「澪……絶対騙されてるよ。」
澪 「騙されてないよ。」
「見て、この指輪。」
「すごく高いんだから。」
愛 「澪は昔から騙されやすいんだよ……。」
澪 「私が?」
「騙された?」
「覚えてないけど。」
愛 「高校の時だって何回も騙されて泣いてたじゃん。」
澪 「そうだった?」
「忘れちゃった。」
愛 「2年前だよ。」
「私たちまだ二十歳なんだよ?」
澪 「覚えてないものは覚えてないよ。」
その時、マスターがクリームソーダを運んできた。
マスター 「お待たせしました。」
「クリームソーダです。」
無は静かにストローを口へ運びながら、二人の会話を聞いていた。
愛 「結婚詐欺だよ、澪。」
「このままだと人生終わっちゃうよ。」
澪 「なんで詐欺なの?」
愛 「保証人になってるでしょ。」
澪 「うん。」
「300万円くらいかな。」
愛 「300万も!?」
「高校の時だって男に騙されて、お金取られて、バイト2つ掛け持ちして返してたじゃん!」
澪 「そうだった?」
「忘れちゃった。」
愛 「あんなにつらい思いしたのに?」
澪は少し笑いながら答える。
「人は忘れなきゃ、生きていけないから。」
その笑顔とは対照的に、愛の表情はどんどん曇っていく。
愛 「……もういい。」
「好きにしなよ。」
「どうなっても知らない。」
澪 「大丈夫!」
愛 「中学のことも覚えてないの?」
澪 「昔すぎるよ。」
愛の顔色が変わる。
澪 「ちょっとトイレ行ってくるね。」
澪が席を立つ。
姿が見えなくなったところで、愛は小さく呟いた。
愛 「高校であれだけ何度も騙されて……。」
「男たちに酷いことまでされたのに。」
「全部忘れたなんて……あり得ないよ。」
無は静かにクリームソーダを飲み終える。
席を立ち、店を出ようとした時だった。
トイレから戻ってきた澪とすれ違う。
無は一瞬だけ、その首筋を見る。
そこには黒く滲む数字。
『8』。
無は立ち止まる。
「……8。」
小さく呟く。
しかし、
「判らない。」
そう言って、そのまま店を後にした。
店内では、愛が心配そうに澪を見つめていた。
愛 「澪……。」
「お願いだから気を付けて。」
「私は、本当に澪が心配なの。」
「いっぱいつらい思いしてきたんだから……。」
「今度こそ、幸せになってほしい。」
澪は満面の笑みを浮かべる。
「うん!」
「任せて!」
「私、幸せになるよ!」
そう言って笑顔のまま、喫茶店を後にした。
今後もよろしくお願いいたします。




