第34話 愛と虐待
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無は静かに女性を見つめる。
「昔から。」
女性は嬉しそうに微笑んだ。
「そうよ。」
「朝起きたら愛されるし、家に帰ってからも愛される。」
「話しかければ、みんな必ず愛してくれたの。」
無は小さく頷く。
「そうか。」
「大人になっても。」
女性は少し照れたように笑う。
「うん。」
「初めて彼氏ができた時は、本当に嬉しかった。」
「こんなに親から愛されてるんだって思った。」
「その人と同棲するって言ったら、お父さんとお母さんが入院するほど愛してくれたの。」
女性は終始笑顔だった。
その笑顔に嘘はない。
心から、それが愛だと信じていた。
無は静かに呟く。
「そうか。」
女性は懐かしそうに続ける。
「でも結局、その人とは別れちゃった。」
「恥ずかしかったのかな。」
「全然、私に愛をくれなかったの。」
「『愛してる』って言葉では言ってくれたけど……。」
「全然愛が伝わってこなかった。」
「だから別れたの。」
少し間を置き、女性は笑う。
「その後の彼は愛はくれたけど、お金もなかったし、家にも帰ってこなくなったから。」
無は短く尋ねる。
「今は。」
女性の表情が明るくなる。
「今はね。」
「旦那様は恥ずかしがり屋なの。」
「全然愛をくれないから、私がいっぱい愛してあげてるの。」
「旦那様も全部受け止めてくれる。」
「私の愛を受け止めてくれるなんて、本当に最高の旦那様なの。」
無は静かに聞く。
「旦那からは。」
「愛はないのか。」
女性は少し寂しそうに笑った。
「うん……。」
「でも、その分、私の愛を受け入れるって言ってくれたから。」
無は続ける。
「元彼は。」
女性は少し考える。
「私の愛を受け取るようになってから……帰ってくるのが減ったかな。」
無はさらに尋ねた。
「親は。」
女性は迷わず答える。
「愛してるわ。」
無は静かに言う。
「愛してるなら。」
「殴るな。」
女性は困ったように笑う。
「親はもう年寄りだから。」
「そんなことできないよ。」
無は女性を真っ直ぐ見つめる。
「愛してるなら。」
「殴るはずだ。」
女性の笑顔が止まる。
「……それは。」
無は続ける。
「殴れないなら。」
「愛してない。」
女性は首を振った。
「違う!」
「愛してる!」
「大好きだもん!」
無は静かに言う。
「愛は。」
「殴る。」
「殴れないなら。」
「愛じゃない。」
女性の首筋に浮かぶ『6』へ、大きなヒビが走る。
「違う!」
女性は涙を浮かべながら叫んだ。
「愛してる!」
「本当に愛してるの!」
無は静かに1歩近付く。
「なら。」
「殴れ。」
女性は震えながら首を振る。
「できない……!」
「死んじゃう!」
無は静かに頷いた。
「それは。」
「成立しない。」
その瞬間。
首筋の『6』は音を立てて砕け散った。
女性は力なく膝をつく。
「じゃあ……。」
「私は愛されてなかったの?」
無は静かに答える。
「分からない。」
少しだけ間を置く。
「愛は。」
「他にもあった。」
女性は目を閉じる。
ゆっくりと思い出すように、小さく呟いた。
「抱き締めてもらった……。」
「キスもしてもらった。」
「頭も撫でてもらった。」
涙が頬を伝う。
無は静かに言った。
「それは。」
「愛。」
女性は寂しそうに微笑んだ。
「そうだね……。」
「私、勘違いしてた。」
そして遠くを見るように微笑む。
「ごめんね。」
「私の大好きな旦那様……。」
その言葉を最後に、女性の身体は柔らかな光へと変わり、静かに消えていった。
止まっていた夕陽が再び沈み始める。
世界は元の景色を取り戻し、人々の賑わいが戻ってきた。
青年は買い物袋を片手に、大切そうに抱えながら走っていく。
無はその背中を静かに見送った。
「愛。」
少しだけ考え込む。
「虐待。」
首を横に振る。
「違う。」
「虐待は。」
「要らない。」
夕陽に染まる空を見上げる無の表情は、どこか少しだけ寂しそうだった。
今後もよろしくお願いいたします。




