第33話 私の愛
いつも読んでいただきありがとうございます。
止まった夕陽。
人々の姿は消え、景色は静かに歪んでいく。
気付けば、無は一軒の家のリビングに立っていた。
整えられた部屋。
温かい色の照明。
一見すると、ごく普通の家庭だった。
女性は嬉しそうに笑う。
「どう?」
「私の家、素敵でしょ?」
無は部屋を見渡す。
「そうだな。」
女性は満足そうに頷いた。
「それとね。」
「私が愛している旦那様。」
女性の背後に、青年が静かに現れる。
無言のまま立つ青年。
本物ではない。
この理が生み出した存在だった。
女性は青年へ歩み寄り、
優しく頬へ手を添える。
「愛してるわ。」
その直後――。
パシン。
乾いた音が部屋に響いた。
青年は何も言わない。
少しだけ顔を伏せる。
無は静かに尋ねる。
「なぜ。」
女性は不思議そうに笑う。
「何が?」
「これが私の愛よ。」
女性は青年の頬を優しく撫でる。
その手が離れた瞬間。
青年の腹部を蹴り飛ばした。
青年は苦しそうに膝をつく。
それでも抵抗はしない。
女性は嬉しそうに微笑む。
「ほら。」
「私の愛に応えてくれる。」
青年は必死に立ち上がる。
女性は青年の顔を見つめる。
「愛してる。」
そう囁きながら、もう1度頬を叩いた。
青年は痛みに顔を歪める。
それでも女性を見つめ、無理に笑顔を作った。
口元から、一筋の血が流れる。
無はその光景から目を逸らさない。
「……それが愛か。」
女性は迷いなく答える。
「そうよ。」
「私も、ずっと愛されて生きてきた。」
無は静かに女性を見る。
「誰に。」
女性は嬉しそうに指を折りながら
「父親。」
「母親。」
「おばあちゃん。」
「元彼。」
「みんな私を愛してくれた。」
女性は笑う。
「入院したこともあるのよ。」
「それだけ愛されていたってこと。」
「私は幸せだった。」
青年の肩を優しく抱く。
「だから今度は、私が旦那様を幸せにしてあげるの。」
無は青年を見る。
青年は笑っていた。
いや――。
笑おうとしていた。
無は静かに首を振る。
「違う。」
「それは愛ではない。」
女性の笑顔が消える。
「貴方に何が分かるの?」
「貴方の愛と、私の愛は違う。」
「そんな薄っぺらい愛と一緒にしないで。」
無は静かに答える。
「違う。」
女性は首を振る。
「何を言われても無駄よ。」
「私の愛は変わらない。」
「揺るがない。」
部屋は静まり返る。
無は女性を見つめた。
理は、まだ壊れない。
今後もよろしくお願いいたします。




