第3話 満たされない
いつも読んでいただきありがとうございます。
老人。
女。
学生。
子供。
男の背後に立つ影たちは、ただ静かにそこにいた。
誰も恨み言を口にしない。
誰も怒鳴らない。
ただ見ている。
「違う」
男が呟いた。
「そんな顔はしていない」
影は何も答えない。
「私は悪くない」
男は笑った。
いつものように。
穏やかに。
丁寧に。
「私は落ち着きたかっただけです」
その笑顔が少しだけ歪む。
「皆さんのおかげで、私は楽になれた」
無は黙っていた。
男は無を見る。
「貴方は間違っています」
そう言って一歩踏み出した。
次の瞬間。
無の胸を腕が貫いていた。
ぐしゃり。
肉が裂ける。
骨が砕ける。
男は微笑んだ。
無は倒れる。
男は目を閉じた。
いつもなら終わる。
胸の奥の不快感が薄れる。
少しだけ楽になる。
そのはずだった。
だが。
何も変わらない。
男は目を開く。
「……おかしいですね」
その時だった。
「そうか」
背後から声がした。
振り向く。
無が立っていた。
男は瞬きをする。
「幻覚ですか」
そう呟く。
再び無を殺した。
首を折る。
無が倒れる。
そして。
また立っていた。
男は3度目の殺害を行う。
4度目。
5度目。
何度も。
何度も。
何度も。
無は倒れる。
そして立ち上がる。
男の額に汗が浮かぶ。
「なぜです」
無は答えない。
「なぜ死なないのです」
無は静かに男を見つめる。
「死んだ」
男の動きが止まる。
「……何ですか?」
「お前が殺した」
それだけだった。
男は言葉を失う。
確かに殺した。
何度も。
確実に。
殺した。
それなのに。
なぜ目の前にいる。
男は頭を振る。
「私は落ち着く」
まるで自分に言い聞かせるように。
「だから殺す」
無は静かに問いかけた。
「落ち着いたのか」
男は答えられなかった。
「終わったのか」
沈黙。
男の呼吸が乱れる。
何人殺した。
10人。
100人。
それ以上かもしれない。
それなのに。
なぜ続けている?
胸の奥がざわつく。
首筋が熱い。
『1』
黒い数字が脈打つ。
男は首を押さえた。
「何なんですか……」
数字は熱を増す。
影たちが近づいてくる。
老人。
女。
学生。
子供。
男は後退る。
「来るな」
影は止まらない。
「来るな!」
男の声が震える。
そして。
初めて自分に問いかける。
「どうして……」
「どうして私は……」
言葉が続かない。
「落ち着いて……いない?」
誰に言ったのでもない。
ただ漏れた言葉だった。
影たちは黙ったまま立っている。
男は震える手で顔を覆う。
「私は……」
「楽になれていない……?」
『1』
ぱきり。
数字に小さな亀裂が入った。
無は何も言わない。
ただ静かに見つめていた。
これからもよろしくお願い致します。




