第25話 止まった時間
いつも読んでいただきありがとうございます。
夕焼けに染まる空。
沈みかけた太陽は、その場所で止まっていた。
駅へ向かう人々。
改札を抜ける人々。
ホームへ急ぐ足音。
すべてが止まり、静寂だけがそこにあった。
世界は、息を止めている。
無の前には、1人の女性が立っていた。
首筋には黒い『4』が脈打っている。
女性は優しく微笑んだ。
「娘が帰ってくるんです。」
「今日なら帰ってくる。」
無は静かに頷く。
「そうか。」
少し間を置き、呟く。
「今日なら……か。」
女性は嬉しそうに笑った。
「そうよ。」
「私の大好きな娘。」
「やっと授かった子なの。」
無は女性を見つめる。
「そうか。」
「愛か。」
女性は迷いなく答えた。
「はい。」
「愛してるわ。」
「でも、母性よ。」
無は静かに頷く。
「そうか。」
そして、短く告げる。
「帰らない。」
女性の笑顔が消える。
「帰ってきます!」
無は変わらぬ声で言う。
「今日は26年。」
女性は首を横に振った。
「違うわ。」
「16年よ。」
「違う。」
「違わない!」
女性の声が震える。
「帰ってきて、ご飯を食べるの。」
「学校であったことを話してくれる。」
「彼の話も、楽しそうにするの。」
「2人とも、とてもいい子なの。」
無は静かに目を閉じた。
「残念だ。」
女性は涙を浮かべ、叫ぶ。
「どうしてそんなこと言うの!」
「今日なら!」
「今日なら帰ってるのよ!」
無は静かに尋ねた。
「明日は。」
女性は首を傾げる。
「……明日?」
「明日も待つのか。」
女性は言葉を失う。
「明日になったら……。」
「え……?」
「明日になったら……。」
首筋の『4』が大きく脈打つ。
無は静かに言う。
「帰らない。」
女性は必死に首を振る。
「明日は駄目!」
「明日は家にいるの!」
「家を出ては駄目なの!」
無は問い掛ける。
「なぜ。」
女性は口を開く。
「それは……。」
「それは……。」
「駄目なのよ!」
首筋の『4』に、小さなヒビが入る。
無は女性を見つめる。
「ずっと、このままか。」
女性は涙を流しながら微笑んだ。
「そう。」
「ずっと、このままなら。」
無は首を横に振る。
「無理だ。」
「お前だけが止まっている。」
女性は震える声で叫ぶ。
「無理じゃない!」
「私はずっとこうしてきた!」
「ずっと、このままでいいの!」
その瞬間。
首筋の『4』のヒビが大きく広がった。
同時に。
女性の腕に巻かれた腕時計が――
カチッ。
10年間止まっていた秒針が、1秒だけ動いた。
女性はゆっくりと腕時計へ視線を落とす。
「……動いた。」
その声は、小さく震えていた。
今後もよろしくお願いいたします。




