212話 信長の変化 ― 桜と会ってからの戦
桜と会ってから数日。
陣は変わらぬはずなのに、空気が少し違っていた。
夜。
軍議の場。
そこには
織田信長
そして家臣たちが並んでいた。
柴田勝家
豊臣秀吉
明智光秀
錚々たる面々である。
信長は地図を見ていた。
その目は鋭い。
しかし、どこか静かでもあった。
秀吉が言う。
「次は摂津でございますな」
信長は頷いた。
「攻める」
「速く」
「だが」
ここで信長は顔を上げた。
家臣たちを見る。
そして言った。
「略奪は禁止だ」
空気が一瞬止まった。
勝家が眉をひそめる。
「殿」
「戦でございます」
信長は遮った。
「分かっておる」
そして言う。
「だが」
「民を敵にするな」
秀吉が少しだけ笑った。
(桜殿の話だな)
光秀は黙って聞いている。
信長は続けた。
「村を焼くな」
「女をさらうな」
「米を奪うな」
勝家が腕を組む。
「では兵の食は?」
信長は即答した。
「金で買え」
家臣たちがざわつく。
信長は言った。
「商人を連れて行く」
「戦の後」
「すぐ市を立てろ」
秀吉の目が光る。
「なるほど」
信長は続けた。
「戦は速く終わらせる」
「だが」
「支配は長く続く」
光秀が静かに言った。
「民を味方にする」
信長は頷いた。
「そうだ」
信長の頭の中に浮かんでいたのは
桜の言葉だった。
――戦は減らせる
信長は思った。
(面白い)
(戦を減らすために)
(戦を速くする)
信長は地図を指す。
「城は落とす」
「だが」
「降伏した者は許す」
勝家が言う。
「甘いのでは」
信長は笑った。
「違う」
「合理だ」
信長は続ける。
「城を焼けば」
「土地が死ぬ」
「民が逃げる」
「税も取れぬ」
秀吉が頷く。
「確かに」
信長は言った。
「だから」
「降れば生かす」
「逆らえば潰す」
その線は明確だった。
光秀が静かに言う。
「恐怖と恩」
信長は笑った。
「その通り」
そして信長は言った。
「だが」
「略奪は許さん」
勝家がまだ納得していない顔をする。
信長は言った。
「兵が民を襲えば」
「その兵を斬れ」
軍議が静まり返る。
信長の声は冷たい。
「例外はない」
秀吉が苦笑する。
(厳しい)
だが同時に思う。
(強い)
信長は続けた。
「西をまとめる」
「だが」
「荒野にしてどうする」
信長は地図を叩く。
「田を残せ」
「町を残せ」
「商を残せ」
そして言う。
「それが」
「天下の力だ」
その頃。
桜は里見で報告を聞いていた。
桜は静かに思う。
(変わった)
桜は信長を思い出す。
あの鋭い目。
あの圧倒的な覇気。
(でも)
(話は通じる人)
桜は考える。
(信長は)
(暴君ではない)
(合理の人)
桜の脳内戦略会議が動く。
(なら)
(交易は続けられる)
(西が安定すれば)
(東も安定する)
その頃。
信長は城を攻めていた。
戦は速かった。
圧倒的だった。
城は次々落ちる。
だが
不思議な噂が広がり始めた。
「織田軍は」
「村を焼かない」
「女をさらわない」
「金を払う」
商人が動き出す。
市が立つ。
兵も民も
そこで物を買う。
秀吉が笑う。
「殿」
信長は酒を飲む。
秀吉が言う。
「これでは」
「町が増えますな」
信長は言った。
「それで良い」
そして静かに言う。
「戦は」
「勝つためにする」
「壊すためではない」
信長は空を見上げる。
(桜)
(おぬしの言う通りかもしれぬ)
(天下の後)
(それも考えてみるか)
西では信長が進む。
東では
上杉謙信
が秩序を整える。
そして海では
南蛮船が動く。
桜の描いた
「戦を減らす世界」が
ゆっくりと
形になり始めていた。




