はじめての町 その28 ミルシアとニャ族
サラも明らかにミルシアの話を聞いて、一層顔をしかめるのだった。
確かに、マレーン王国は、一夫多妻制や、めったにないが一妻多夫制も認められている。
ただ、限度はある。実際には、いかに公爵家とはいっても、正妻が1人で、他に数人の側室、お手付きになった妾が1、2人が限度である。
外聞も悪いし、また子供が増えすぎてしまって跡目争いも激しくなってしまう。相手が妾であれば、庶子も増えていってしまうことであろう。
それは、統治する者としては問題となってしまう。
それを、屋敷が女人ばかりで、しかもそのほとんどがそういう関係にあると・・・。
常識という枠を超えて、既に異常である。
それでも、同衾、あるいは褥を共にしない者には、1日に3回も時間をかけて口説いているという。
幼い頃にオルレンに会った時、すでに生理的に受け付けることができなかったが、ミルシアの話を聞くほどに、
『やはりあの男は無理だ』
と、ルルテは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「しかし、全員を囲っているのでしょう?それなら良いところもあるのではなくて?まあ、『気持ち悪い』というのはその通りでしょうけど・・・。」
ルルテが、ミルシアの真意を再び問う。
言葉は完全に素に戻ってしまっていた。
確かに、異常な男に付き合うのは気持ち悪い部分もあるかもしれないが、それでも将来は公爵の当主を約束されている男だ。
適当にこなして、将来的に安定した生活を手に入れることもできるだろう。
そんな思いからの問いだ。
ただ、ガリンとの関係がまったく進んでいないにも関わらず、こういう話題だけは妙に詳しい自分に、ほんのわずかに頬が熱くなる。
貴族の子女は大抵は耳年増だが、自分もそうであるとの自意識が、胸の奥で熱をもったのだ。
隣のサラが、そんなルルテを見て、呆れたように頬を引きつらせていた。
サラには、やはりどうしても理解できない世界のようである。
「王女殿下。わたしは、『ニャ族』でございます。名前も、ミルシア・ニャーンでございます。『ニャ族』には掟がございます。優秀な子種以外には興味はありません。」
いろんな意味で、ルルテ、サラ、ガリン、ストレバウスが固まった。
「『ニャ族』とはなんさね?」
サラが、引きつり気味の顔のまま尋ねる。
「わたしたち猫系の獣人は、本来は言葉の語尾に『にゃ』をつけるのが掟なのです。」
「は?」
サラが聞き返す。
「わかり難いですよね。たとえば、
『わたしの名前は、ミルシアにゃん』
とかですね。
これは、語尾が『にゃ』から『にゃん』に変化した語尾にゃ活用となります。」
ルルテは、王女として冷静であろうとしたが、
あまりの衝撃に思考が一瞬止まり、どう反応すべきか迷う。口調もすっかり崩れてしまう、今だ素の少女のままだ。
「え?ミルシア、それは本当なの?何かの冗談ではなくて?」
「何言ってるにゃ?大真面目にゃん。」
再び場が固まる。いや、既に凍り付いている。
「で、ミルシア殿。言葉遣いも随分ぞんざいな言葉遣いになっていますが、それは?」
ガリンも、ルルテとサラに制止されていたのを忘れて口をひらいた。
「『にゃ』をつけることで、もう十分に丁寧で、洗練されていると『ニャ族』では考えているのです。」
ミルシアの口調が元に戻る。
「でも、今ミルシア殿は、『にゃ』?止めましたね。いいのですか?」
「いえ、その、わたしは、ちょっとこの『にゃ』が恥ずかしくて・・・。」
「そうですか?わたしは、猫という動物そのものに興味がありますが。」
ミルシアの目が輝く。
自分の種族に興味を持ってくれる者がいるという嬉しさが、表情から零れ落ちそうである。
「わたしは、ニャ族の初代様と同じ、『純和風三毛猫』の流れを汲んでおります。もっとも正統な血筋と言われております。」
そして、いつのまにか顔をあげていた。
その頭には、先程までなかった、右が白と左が黒の小さな耳のようなものがついており、こめかみの上の人としての耳は消えていた。
また、膝をついて後ろに突き出すようになっていた臀部には、茶褐色と黒の縞になった尻尾が揺れているのだった。
「!?」
ルルテが、それを見て小さく声をあげた。
「あなた・・・耳と尻尾が生えているわよ!?」
まだ、ルルテの王女らしい口調は戻っていない。
「ルルテ、レイレイも覚醒していれば出し入れができるのです。他の種族でもできるのは、それほど驚く必要はないのかもしれませんね。」
ガリンの冷静で落ち着いた考察が語られる。
「いや、ガリン。あんた何言ってるさね。竜と他の種族は違うさね。そもそも猫ってどんな種族なんさね。ニャ族なんか、辺境でも聞いたことないさね。」
ミルシアがサラを幾分厳しい視線で凝視する。
「あきらかに人族ではない人には言われたくありませんが、由緒正しい種族ですので、卑下するのはやめて欲しいです。」
「ちっ・・・。」
サラが舌打ちをする。
ルルテは、一瞬だけサラに視線を向けたが、何事もなかったかのようにミルシアに再び向かい合い、咳ばらいをした。
「で、そなたは、優秀なこ、こ、子種と申したが、それは優秀な伴侶をという意味で合っているのか?」
多少噛んでいるが、ルルテの口調が王女のものに戻った。
ミルシアは、ルルテの言葉に大きく頷いた。
「そうです。オルレン様は、確かに性癖はどうかとは思いますが、悪い主人ではありませんでした。しかし、伴侶とできるかというと、やはり・・・。」
「うむ。まあ、アレだしな・・・。」
なぜか、ここでルルテとミルシアが同期する。
「しかし、ミルシア殿。先程の貴女の話では、獣人は同種族としか子を為せないのでは?そもそもオルレン殿は、そもそも対象外ではないのですか?」
ミルシアが不思議そうな顔で、ガリンを見返す。
「先程まで、この部屋にいたドラゴニュートは、あなたと竜の子ではないのですか?遺伝子融合で子を為すのは普通ですよ?」
「えぇ?」
珍しくガリンが、ミルシアの言葉に動揺して言葉を詰まらせた。
胸の奥では、
『まさか、ここで遺伝子融合の技術が・・・。』
という抑えきれない興味が静かに膨らんでいた。
もちろん、好奇心に支配されたガリンを放置すれば、ミルシアが口にした『遺伝子融合』の話を掘り下げ始めてしまう。
それは、この場でする話ではないし、またルルテもそんな話は聞きたくない。
もちろん、同席しているサラにしても、ストレバウスも同じ気持ちのはずだ。




