はじめての町 その27 オルレンの屋敷の使用人事情
その様子を見て、食事を終えテーブルについていた5人も、扉を開けたまま部屋の入り口に立っていたストレバウスも言葉を失ってしまった。覚醒していないレイレイは、少しばかり怯えているようにも見えた。
こういうときのガリンは立ち直りが早い。ジレに顔を向けて、
「ジレ、お願いできますか?」
とレイレイを見ながら声を掛けた。ジレはすぐに立ち上がるとレイレイの手を引いて部屋を後にした。ジレとレイレイが部屋から出ていくのを見送ったストレバウスが、ゆっくりと扉を閉める。
ガリンは続けて、
「ルルテ・・・。」
と声を掛けた。ルルテは、その声でようやく我に返る。
ルルテは立場上傅かれることは多いし、慣れてもいた。ただ、これほど勢いよく跳ねるように膝をつき、しかも両膝をついているのを見るのは初めてだった。しかも、そのまま手を前に突き出し、拝むように身体を低くしている。初めて見る格好だ。わずかに視線が揺れ、どう扱うべきか迷った気配があった。
「と、とにかく頭を上げるがよいぞ。」
ルルテが若干引き気味な声で頭を上げる許可を出す。それでも衛士は頭を上げない。
ルルテがもう一度声を掛けようとすると、
「どうか、このままでお願いします。」
衛士が震える声でそう言った。困ったルルテがガリンに視線を向けると、ガリンも眉間に眉を寄せ、例の顔で苦笑いを浮かべている。
「ルルテ、これはおそらく土下座という姿勢だと思います。私も文献でしか見たことがありませんが、先史文明では最上位の謝罪をするときの姿勢だったかと思います。」
「土下座・・・。」
ルルテが目を皿のようにして衛士を見る。
「なんとも、話しにくい姿勢に見えるが・・・まあ良い。で、まずは自己紹介をしてくれぬか。」
衛士はそのままの姿勢で話し始めた。
「私の名前はミルシアと申します。今は軍角士としての職位を頂いております。」
「ふむ。衛士であればそうであろうな。続けよ。」
「家は普通の農家でございましたが、獣人であり身体能力が高かったことが幸い致しまして、代官に拾って頂き、王都の学院にて軍角士として学を修めました。」
ガリンが反応する。瞳に、知識欲がわずかに光った。
「獣人ですか?あなたは獣系のキメラには見えませんが?それに農民とは?どうやって子を為したのですか?それとも拾い子か何かですか?それに耳や尻尾が無いようですが?」
畳みかけるように質問を浴びせる。一気に、しかも繊細な問題が絡みそうな部分に関する質問であり、ミルシアの身体が少しだけ緊張の色を帯びた。ルルテは、いきなり会話に割り込まれ、それもあまりの勢いに、またもや言葉を失う。
「いえ、あの、私はキメラでは・・・。それに同じ猫系の獣人であれば子供をもうけることも・・・。耳と尻尾は隠して・・・。」
「猫系?絶滅種ですね。耳と尻尾を隠す?どうやって?いや。レイレイも隠せているか・・・。では、そもそも動物種がどうして知能を持っているのですか?獣人とは魔獣系だけではないのですか?」
「代々の家系で・・・。里があるのです。山脈のふもとの遺跡の側に・・・。」
ガリンが止まらない。
「遺跡?どこの遺跡ですか?里?それは王国に属しているのですか?」
「え、えと、そ、それは・・・。」
もうミルシアが限界だった。
「ガリン。話が進まないさね。お嬢ちゃんも呆けてないで、止めるさね。怯えてるじゃないかい。」
サラが割って入る。ガリンのあまりの勢いに言葉を失っていたルルテが、サラに頷いて咳ばらいをした。
「ガリンよ。そなたの好奇心は後で満たすが良い。今はまず話を聞くこととしよう。」
ルルテがガリンにそう声をかけると、ガリンは明らかに残念そうな声で、
「わかりました。ルルテ・・・。」
とだけ言って質問を止めた。ミルシアが、ルルテの『後で』に少しだけ身体を震わせた。
「でだ、ミルシア。それでは、オルレンに恩があるのではないか?なぜ、ここに参った?」
「いえ。恩はありますが、限界でございます。」
「ん、何か不埒なことでもされたのか?」
ルルテが少しだけ顔を曇らせる。
「い、いえ。あのお方は紳士でございます。あの方のお屋敷は、衛士もですが、使用人もすべて女性でございますが、無理矢理にという話は聞いたことがありません。」
「ぜ、全員・・・。」
ルルテの頬が引きつる。サラが舌打ちをし、ストレバウスも苦笑いを浮かべている。ガリンは、ミルシアへの興味が収まらないらしく、いまだに凝視している。
「ミルシアっていったか。でも、力づくってのはないんだろう?何が問題なんさね?」
サラが尋ねる。
「毎日でございます。1日に3度、たっぷり時間をかけて夜伽のお誘いをしてくるのです。それに悪びれもなく・・・。」
「・・・。」
「ひっ・・・。」
サラが絶句し、ルルテが小さく悲鳴をあげた。
「見た目ではわかりませんが、獣系のキメラで、同種以外とは子を為せないのでしょう?なんのために誘っているのですか?」
ガリンが我慢できずに質問する。
「だから、キメラでは・・・。」
「・・・。」
「あ?」
今度はルルテが言葉を失い、サラが呆れた声をあげた。ミルシアも、さすがにどう答えれば良いのかわからず、関係ないところの否定だけを繰り返した。声には、思い出すだけで胸がざわつくような、かすかな嫌悪が混じっていた。ガリンが再度口を開こうとすると、
「ガリン。あんたは黙ってるさね。」
サラが言葉を被せて止める。
「お嬢ちゃん。先に進めるさね。」
ルルテが再度ミルシアに視線を向け、
「どうして・・・よ、夜伽に答えてやらぬのだ・・・?玉の輿であろう?」
「わたしは、オルレン様には恩も感じていますし、え、衛士としては真摯に役目を果たそうと思っていますが、頭の弱い方は嫌いでございます。それに、屋敷中の女性に手をつけている男性はちょっと、生理的にも・・・。それ第何十番目の側室とか愛人ってどうなのかと・・・。」
「ちょっと待って、あの馬鹿者は、夜伽をした相手すべてを囲っているの?」
ルルテの王女モードが崩れた。それだけ衝撃的だったのだ。




