はじめての町 その29 ガリンの暴走
王都を出てからセルナの町に辿りつくまでの間、たった数日間ではあるが、一緒に旅をする仲間の不用意な発言から、ガリンの枝葉末節な道理やら理屈やらの話に延々と悩まされていた。
聞かなければ、ガリンは自分からはそんな話はしない。
旅をしながらでも、頭の中で色々と研究を続けているがごとく、自分の世界に籠っていることが多い。そんな状態でも以前よりは周囲に気を配れるようになってはいるが、それはあくまでも、話すきっかけを与えなければの話である。
サラが、
『風力車がなぜこんな微風で走ることができるのか。』
と尋ねた時などは、昼過ぎに出た話題にも関わらず、夕飯時にもまだその話をしていた。
何度断ち切っても、ガリンの、
『わかりましたか?』
の質問に、サラが馬鹿正直に、
『さっぱりわからないさね・・・。』
と答えると、また別の角度から説明を続けるのだ。
サラは暇つぶしにガリンにしゃべらせていて、自分は相槌を打っているだけなので良いが、それが出来ない他の面子はたまったものではない。
ルルテはもちろんのこと、途中でストレバウスまでが心を折られかけていた。
ストレバウスは、そんなガリンの暴走を静かに観察しつつ、必要な時だけ言葉を挟む。
その落ち着いた態度には、彼の真面目な性格が自然と滲んでいた。
ルルテは、この2年を超える付き合いの中で、ガリンの話を止める方法を知っていた。
極めて単純な方法だ。
まず、止める。
そして、別の興味のある話題を振ればいいのである。
その話題は、すぐに答えが出ないものが良い。できれば、じっくり考えなければならない系統のものが良いだろう。
今回も、ルルテはその方法を選択した。
「ガリンよ。今は、まずそのミルシアの処遇を決めるべきだろう。そなたの興味のある話は、後でその者と2人でじっくりと話をするが良いぞ。」
ガリンが、ちょっとだけ驚いたようにルルテに視線を向けた。
「それに、遺伝子なんたらも興味深いのかもしれないが、我にとっては、『猫』が何かも気になるのだ。そなたの知識にはないのであろう?そもそも、遺伝子なんたらを考えるためには、それが重要ではないのか。ほれ、純和豆腐とかなんとか言っておったぞ。」
「ルルテにしては、かなり乗ってきますね。確かに『猫』という動物には興味があります。おそらく絶滅種なのかもしれませんね。それに、『和』という言葉は、先史文明の記録の中で見た記憶があります。まずは、それを考えてもよいかもしれませんね。遺伝子融合そのものは、私の技術で一定の完成を見ていますからね。」
『長いわ!』
ルルテは心の中でそう叫んだが、
「そうだな。まずはこの者の話を聞こうではないか。」
「わかりました。ミルシア殿とは、また時間をとってそのあたりの話もすることにしましょう。」
ガリンが、一旦『遺伝子融合』という技術の掘り下げを止めたことが分かると、ルルテは素早くサラとストレバウスに視線を送り、小さく頷くのだった。
もちろん、2人は目でそれを了承した。
しかし、空気を読まない、いや読めない者はどこにでもいるものである。
「姫殿下、『純和豆腐』ではありません、『純和風三毛猫』です。三毛猫とは異なる毛色の猫が番い、結果として生まれてくるのです。しかも、そのほとんどが雌なのです。これは確か、遺伝子の中の何かが・・・。」
ガリンの瞳に、研究者特有の光が宿る。
周囲の空気を忘れ、思考が一気に加速していく。
「染色体ですかね?」
「そんな名前だった気がす・・・。」
ミルシアがとてつもない寒気を感じて、視線をあげる。
そこには、自分を凄まじい形相でにらみつける3人が・・・。
サラは額に手を当て、深いため息をついた。
ミルシアの言葉が止まったところで、
「ミルシアよ。そのままオルレンの屋敷に戻るということでもよいぞ?」
ルルテが堅く、冷たい声でミルシアに告げる。
そして、空気を読まない2人目が、
「で、染色体の中の何が?」
ルルテの声の質が変わったことに気付かないまま尋ね返す。
ミルシアが、ルルテを見上げる。
ルルテが、満面の笑顔を浮かべている。ただし、眼は完全に座っていた。
「えと、あの。今日は既にオルレン様の屋敷には戻れないのです。今後の身の振り方を先にでも・・・。」
懇願するような視線をガリンに向けた。
「ああ、そうです。別の機会にという話でしたね。すいません。ついつい興味のある話題が出たもので・・・。」
サラがすかさず割って入る。
「旦那。まずは、どうするかを決めるさね。」
ガリンが頷いて、ルルテに視線を向けた。
ルルテは咳ばらいをすると、
「で、オルレンのところに帰れないのだったな。良いだろう。そなた、何も荷物を持っておらぬが、このままで良いのか?」
「は、はい。先程、オルレン様からのお誘いを断り、そのまま屋敷から抜け出してきました。『探さないでください』との書置きも置いてきました。」
ルルテ、サラ、ストレバウスの3人が無言になる。
そして、幾分残念そうな目をミルシアに向けるのだった。
ストレバウスが、静かに周囲を観察していたが、ここで必要と判断したのか、心配そうに口を開く。
その落ち着いた声色には、彼の真面目さが自然と滲んでいた。
「姫様。衛士と言う職は、さすがにその紙一枚で投げ出すことができるような職位ではございません。このままだと、職務放棄となり、軍角士の資格も失いかねます。」
「そうだな。まず、オルレンにこの者をもらい受ける旨を伝えねばならんな。」
ストレバウスが頷く。
「まだ、この時間なら失礼にはあたるまい。火急の件ゆえな。ストレバウス。我の護り刀を渡す。王家の紋章が入っているものだ。文をしたためる時間もないゆえ、これを持って使いとしてあの痴れ者に、ミルシアの件を伝えてくれぬか。」
「理由は、いかが取り計らいましょうか。」
ルルテが、考えるように目を瞑った。
「ガリン、レンを呼び出してくれぬか?」
「はい。それは良いのですが、呼び出してどうするのですか?」
「良い。我が話す。我一人の意思力では王都までは言葉が届かぬが、そなたを仲介すれば届くであろう?」
「そうですね。私と師匠が話をしているときに、ルルテの方から私の意伝石につなげてくれれば問題はありません。」
「わかった。まずは、繋げてくれ。」
ガリンが意伝石に手をあてて、レンを呼び出す。
一瞬の間があり、意伝石からレンの声が聞こえてくる。
『先生。ルルテから話があるそうです。』
『ん?姫様から?わかった。待っておればよいのか?』
『はい。そのままお待ちください。』
ガリンがルルテに小さく頷いた。




