はじめての町 その13 決闘の余韻
バラクが下に降りてほどなくすると、決闘に使った部屋の向かいから、食事を用意する音が聞こえ始め、次第に匂いが漂ってきた。
バラクが宿に伝え、遅くなったが朝食の準備を整えてくれているらしい。
決闘に使ったのは、宿の最上階である3階にある6部屋のうち、中央通りが見渡せる階段手前の部屋である。
食事を用意するのは、その前の部屋。
寝泊まりしているのは4部屋だが、結果として6部屋とも借り切りにして正解だったわけだ。
決闘が起こるとは、さすがに誰も予測していなかったが。
しばらく、ジレがいれたお茶と焼き菓子を食べて待っていると、扉を叩く音がした。
ストレバウスが立ち上がって扉を開けると、先程下に降りて行ったバラクが頭を下げていた。
バラクはそのまま、
「朝食の用意が整いましたので、前の部屋にお移り頂ければと思います。」
そう言って、身を横にずらした。
あくまでも丁寧であり、礼儀に適っていた。
ルルテは小さく頷くと、
「ご苦労であったな。皆、移るぞ。」
席を立つのだった。
他の5人もルルテの言葉を聞いて、徐々に立ち上がり、前の部屋へ移動を始めるのだった。
部屋に入ると、そこには宿の者が手際よく用意した朝食が運び込まれていた。
湯気を立てるツァイからは、朝らしい爽やかなハーブの香りが広がっていた。
麦と刻んだ根菜を煮込んだ香ばしい匂いと重なり、決闘で張り詰めていた空気がゆっくりと溶けていく。
ルルテが椅子まで近づくと、宿の者は全員すぐに退室し、部屋の隅にバラクだけが残っていた。
ルルテがバラクに一瞥すると、バラクも小さく頷き、部屋を後にするのだった。
ジレがすぐにルルテの椅子を引き、ルルテが腰かける。
「・・・朝から、大いに疲れたものだな。」
ジレがすぐ横へ寄り、湯気の立つカップをそっと差し出す。
ツァイだ。
マレーン文化圏では、とにかく主食となっているのが、このツァイとパンである。
ルルテが席につくと、他の面子もばらばらと席に座り始める。
王宮ではありえないことではあったが、既に旅の仲間であるこの6人には、王都を出る前から人目のないところでは、これが当たり前になっていた。
ルルテが、
「ジレ、そなたも座るが良い。疲れたであろう。」
そう声を掛けた。
「姫様、わたくしは、まだ何が起きたのかをすべて聞いておりません。」
「うむ。確かにそうだな。」
ルルテは、オルレンのことや、その後のガリンとの決闘、その顛末を軽く語るのだった。
さすがにルルテが食事に手を付けないのに、他の者が食べ始めるわけにはいかない。
途中でそれに気付いたルルテが、食べてよいことを伝えて、ようやく食事が開始されたのだった。
ルルテが決闘の様子を、かなり脚色を加えたうえでジレに熱弁している。
途中で、ガリンが、
『ルルテは誰にも渡さない!』
と叫んだという話をしたあたりで、ジレもさすがに誇張が入っていることに気付いたが、ルルテが気持ちよく話しているので、ただ頷いて聞いていた。
ガリンは壮大に苦笑いを浮かべているが、他の3人はいつものこととどこ吹く風である。
サラは焼きたてのパンを手に取り、ツァイを一口すする。
その仕草には、戦いの緊張をふっと抜くような、戦い慣れた者特有の自然さがあった。
肩の力を抜き、温かい湯気を胸いっぱいに吸い込むと、『これで朝の騒動は終わり』という、表情が浮かんでいた。
「いやぁ・・・決闘の後に食べる朝飯ってのは、妙にうまいもんさね。何せ愛の勝利さね!」
その横で、レイレイはすでにパンをちぎり、蜂蜜壺に小さな指を伸ばしては、たっぷりと塗り広げている。
蜂蜜が糸を引き、パンの白い断面にゆっくり染み込んでいくのを、目を輝かせて見つめていた。
その無邪気な集中ぶりが、場の空気をさらに柔らかくしていく。
ストレバウスは姿勢を正したまま、丁寧にスプーンを口へ運びながらガリンへ視線を向け、やはり苦笑いを浮かべていた。
ただ、食べる手を止める様子はなかった。
目の前で行われた決闘。
オルレンは、ガリンに対して容赦のない一撃を加えようとしていたのは明らかだった。相手が未熟なものであれば、怪我では済まなかっただろう。
そんな緊迫した空気が、いっきに霧散したのだった。
「しかし、見事な投げでしたね。ガリン殿は、怪我などはしていませんか?」
ストレバウスが尋ねると、ガリンはいつものように眉間に眉を寄せて、
「問題ありません・・・。ただ、少し肩が痛いですね。」
「そりゃそうさね。あんな投げ方、初めて見たよ。」
サラがパンを噛みながら言うと、ルルテが目を輝かせてガリンを見る。
「ガリンよ。我のために、そなた、誠に見事であった。」
「我のために・・・。」
ガリンが言いよどむと、
「違うのか。」
声が一段低くなる。
「いえ。ルルテのためではありますよ。」
ルルテが半眼でガリンを注視する。
「では?」
「いえ、ルルテのためですよ。」
「うむ。それなら良いのだ。勘違いであったわ。」
ルルテが再び目を輝かせて頷く。
「オルレンも、エランによると、あれで剣技はそこそこであるそうだぞ。無事でよかったな。」
その声には、どこか安堵が混じっていた。
食事が終わった後は、まず登記所に行って、襲撃者たちの生力石の確認結果を教えてもらうことになった。




