はじめての町 その14 王国の文化とセルナの町
サラとストレバウス、レイレイは部屋着から軽装備に着替え、護衛として任につく。
ジレはそのまま女官としてルルテに従い、ルルテも昨日と同じ貴族然とした服で登記所へ向かった。
もちろん、ガリンはいつもの黒いローブのままである。
寒い冬が終わり、セルナの町は活気づいていた。
養蚕と絹織物が盛んな町らしく、店先には色鮮やかな布が風に揺れ、通りの景色に華やかさを添えている。
その中で、ガリンは真っ黒なローブである。かなり目立つ。
ガリンは以前、外郭市街でサラと一緒に購入した服も持っていたが、着るとルルテが嫌な顔をして絡んでくるため、ルルテと出かける時には着なくなってしまっていた。
ガリン自身も、この黒ローブがもっとも落ち着くため、特に問題は感じていなかった。
宿を出た瞬間、ルルテは胸の奥にわずかな重さを覚えた。
朝から決闘の場に立ち、王女としての仮面を被り続けた疲労が、まだ抜けていない。
しかし、中央通りに広がる民の活気を目にすると、その重さが少しだけ和らいだ。
『この国を治める者として、守るべきものはここにある。』
そんな思いが、静かに胸に灯る。
ルルテたちが中央通りに出ると、そこはすでに人でごった返していた。
そろそろ朝市が終わる時間であったこともあり、たくさんの食材を詰め込んだ袋を抱える者も多い。
おそらくは、食事を出す露店の主たちなのであろう。
サラは人混みの流れを読むように歩き、自然と最前に立って道を切り開く。肩の力は抜けているが、視線は常に周囲を巡り、怪しい動きがないかを確認していた。こういうところは、ストレバウスには出来ない。見事なものである。
一方のストレバウスもまた、歩幅を乱さずに後方へ位置し、ルルテとガリンを挟むようにして警戒を続ける。出来ることをしっかりとやるという、彼の生真面目さがよく表れていた。
2人の動きは、この4日間の旅の中で、短いなりに自然と身についた『それぞれの役割』とも言えた。
朝から街がごった返しているにも理由があった。
マレーン文化圏では家庭でも料理はするが、露店などで食べる者が多いのだ。これは、家庭で使う発熱装置、いわゆるコンロの事情が影響していた。
そもそもマレーン文化圏の家は、特殊な加工が施されているとはいえ、樹木や紙という建築材を使って建てられている。
そのため、火を使うことがほとんどない。
マレーン文化圏で一般的に使われるコンロは、熱を伝える陶器の板の下に、エネルギーを蓄積した発熱の元力石を円形に数個配置したものだ。
コンロの大きさにより元力石の数は変わるが、基本構造は同じである。
使い方は、発熱の元力石を1つずつ指でなでて起動し、天板、つまり陶器の板に熱を伝える。
発熱の解除も同じように指で石をなでることで行う。
発熱している石を撫でると熱いように感じるが、石は天板の陶器にのみ熱を伝えるため、石自体は熱くならない。
最高級の加熱装置は、発熱の元力石に半永久的にエネルギーを供給する意思力蓄積の元力石が併設されているが、それ以外は違う。
つまり、元力石の意思力を消費してしまうため、補充が必要なのだ。
これは思ったよりコストが高い。
火は使えない。そして元力石のコンロはコストが掛かる。
結果として、露店で済ませるという習慣に辿り着く。
露店であれば、その元力石のコストを価格に含めれば良いだけなので、家庭より安く済むのだ。
マレーン文化圏には販売に関する課税がない。
代わりに、生活の中でライフラインである水道給水、下水浄化、街灯、道路の自動補修などの公共設備に対する意思放射が税となっている。
純粋に適正利益を乗せれば良いだけである。だから家庭で食べるより安いのだ。
逆に貴族は、各家で食事を作る。
もちろん、調理器具や元力石の意思補充に金銭的余裕があるという理由もある。
ただ、それ以上の理由があった。
それは、経済の回転である。
マレーン文明では国民から金銭的な税金を取らない。
その代わりに、光浴設備、医療機関、教育機関、登記所などの公共機関を使用する際には金銭での支払いが発生する。
その金銭が俸禄として貴族に支払われる。
そして貴族は、その金銭で国民が作った生産物を購入する。
こうして金銭的資源の再配分を行うのが貴族の義務なのだ。
そのため貴族は、調理をするための食位を雇用し、食材を購入し、元力石を消費しながら食事を作る。
これは身分が高くなるほど規模が大きくなる。
この仕組みは食事に限らず、調理器具、衣服、装飾品、食器、家具なども同じであった。
国民の分母が大きく、貴族の数が少ないため、国民全員が使う光浴設備などはかなりの収入となる仕組みであり、よく練られたシステムと言えた。
ガリンたちはルルテの屋敷でもセルとジレが食事を作っていたし、王宮では料理人たちが作った料理を食べていた。
また、こうした宿も貴族が金を落とし、その金で宿が調理人を雇用し、食材を購入し、町人たちに金銭を落としていく。
ガリンたちが宿泊している貴族御用達の宿であれば、その規模はそこそこ大きいと言える。
ガリンは、そんな賑わいの中を歩きながら、ふと黒ローブの裾を押さえた。
『この格好が一番落ち着く。』
その静かな実感が、彼の歩みに揺らぎを与えない。
サラを先頭に、ストレバウスが後方を固め、ジレとレイレイが中央に寄り添う形で進む。
ルルテはその中心に立ち、時折、風に揺れる絹布を眺めながら、少しだけ表情を和らげた。
こうして一行は、賑わう町を抜け、登記所へと到着したのだった。




