はじめての町 その12 ガリンの武術
戦いが終わり、部屋にはようやく安穏な空気が戻った。
ガリンは短剣をサラに返し、ルルテに問う。
「よろしかったのですか。エラン殿には大変お世話になっておりますが。」
ルルテは小さく息を吐いた。
「良い。公爵は公爵、その駄息は駄息よ・・・それに、今のやり取りを父に伝えれば、あの者はさらに窮地に立たされよう。そこまで追い詰める必要もあるまい。」
「・・・。」
ガリンは言葉を失い、苦笑を浮かべた。
「良い。机を元に戻してくれ。朝食がまだであったな。それと、茶を飲みたい。ジレを呼んでくれぬか。」
そう言って、ルルテは椅子に腰を下ろした。
ルルテは疲れを隠しもせず椅子に座り、机に肘をついた。
そして、大きくため息をついたのだった。
朝から王女としての仮面を被り続けたせいか、こめかみに鈍い痛みがじんと広がっていた。
ルルテは、朝食も食べないうちからオルレンの相手をしたせいか、かなり顔を曇らせていた。
その間に、宿のコンシェルジュであるバラクがジレとレイレイを部屋まで呼びに行っており、ほどなくバラクが2人を伴って部屋に戻ってくるのだった。
レイレイは手に麻の袋を持っており、中からは何かがぶつかるようなカチャカチャという音が鳴っていた。
ジレは部屋に入り、机に肘をついているルルテを見ると、女官らしい口調でありながら、どこか親しみの滲む声音で言った。
「姫様。机に肘をつくのは、淑女としてはお行儀がよろしくありませんよ。」
そう言ってルルテの顔を覗き込む。
言っていることは女官として正しいのだが、その接し方は気心の知れた者のそれだった。
おそらくルルテの疲れた顔を見て、軽く注意するにとどめたのだろう。
「ジレ。わかった。朝から痴れ者の相手でな、少し疲れたのだ。大目にみよ・・・それより、茶を用意してくれぬか。喉が渇いた。」
ジレは柔らかく微笑み、レイレイから麻の袋を受け取ると、その中から小さな元力石のコンロと小さな土瓶を取り出し、ベッド横のサイドテーブルに並べてお茶の用意を始めた。
ルルテが好む茶葉はいくつも持ってきているので、朝に合う爽やかな香りの発酵茶を選んだようだった。香しい香りが室内に満ちていく。
その香りが広がるにつれ、張りつめていた空気がゆっくりとほどけ、部屋の温度がわずかに柔らぐように感じられた。
「ガリン、ストレバウス、それにサラ。そなたらも座るがよい。」
ルルテは手で軽く椅子を指さした。
ガリンは丁寧に頷き、ルルテのそばに座る。ストレバウスとサラは扉側の椅子に腰を下ろした。
「まさか、食事前に訪れ、いきなりガリンを侮辱し始めるとは思わなんだ。エランには告げ口せぬとは言ったものの、決闘以外の部分は文句の1つも言ってやりたいものだな・・・。」
ルルテが机を指で軽く叩きながら愚痴をこぼす。
「ルルテ様が言わずとも、ハサルの手の者が報告するのではありませんか。」
ガリンが丁寧な口調で淡々と告げる。
こういうところは、ガリンは相変わらず空気を読めない。
ルルテはただ愚痴に相槌を打ってほしいだけなのだが、ガリンには伝わらない。
「・・・。」
ルルテは無言になってしまう。
「まあ、よい。とにかく、エランの息子にしては出来が悪いのではないか?」
「貴族の、しかも公爵家の嫡子であれば、あの程度は珍しくないかと存じます。」
ストレバウスが丁寧に返す。
「ああ・・・そういえば衛士には貴族の子も多いのだったな。そうなのか?」
「はい。むしろ、自分の敗北を認められるだけ、あの方はましな方かと。」
ルルテとサラが同時に苦笑した。
傍から見れば、王族の混釈者を馬鹿にし、勝手に自分がその伴侶に名乗りを上げる。しかも、王が許可した婚約者がいるにも関わらずだ。
そして、自身の責任で決闘を受け、負ければ『油断した、また機会をくれ。』という態度である。
これで『まし』なのであれば、貴族の子がどれほど常識に疎いのかがよくわかる。
もちろん、中にはしっかりした者もいるのだろうが、今回はそうではなかった。
ジレがお茶を淹れ終わり、皆の前にカップと小皿のクッキーを並べると、
「とにかく、茶をのもうではないか。」
ルルテが口を付けると、皆も一斉にお茶を飲んだ。
会話が途切れたところで、サラがガリンに話しかける。
「ガリン、最後に人を投げた技、あれはなんなんだい?」
ルルテとストレバウスも気になっていたのだろう。2人は小さく頷き、ガリンを見つめた。
「あれは、柔道という武術ですね。」
「柔道?」
サラが聞き返す。
「先史文明の時代に栄えた武道のようですね。」
「ようですね、って何さね?」
サラが眉をひそめる。
「私自身は、柔道という武術を身に付けた覚えはありませんが・・・知識としては持っているようです。」
サラはその言葉を反芻し、
「柔道・・・。」
と呟いてストレバウスを見る。
「いえ。マレーン文化圏の武術ではないように思われます。」
「また、自分に覚えのない記憶ってやつかい?」
ガリンは少し困ったように微笑んだ。
「そうみたいですね。どうも身体が武術の型を記憶しているようでして・・・
その『柔道』という響きは、この世界のどの武術とも違う、妙に異質な感じがします。」
「へぇ。どんな・・・。」
サラがさらに聞こうとしたところで、ルルテが手を上げて制した。
「まて、サラ。まずは朝食を食べようではないか。我らは、まだ登記所と傭兵斡旋所にも行かねばならぬのであろう?」
「はい。そうなります。」
「では、まずは朝食を食べぬか。レイレイも腹が減っておるようだぞ?」
レイレイが元気よく頷いた。
「バラクとやら。宿に伝えて、朝食の準備をしてくれぬか。」
ルルテが声を掛けると、バラクは深く腰を折って頭を下げ、部屋を後にしたのだった。




