はじめての町 その11 決闘の決着
次の瞬間、オルレンが大きく振りかぶり、ガリンに向けて一気に踏み込んだ。
最初から致命傷を狙う、容赦のない一撃。
ガリンは短剣を構え・・・いや、正確には『受ける構え』ではなかった。
刃を立て、まるで打ち合うように角度をつけて待ち構えたのだ。
サラが叫びかける。
「そんな小さな短剣で、一体何を・・・。」
その瞬間、刃と刃が交差した。
ギリリィィィ――ッ!
木製の剣同士とは思えない、金属が軋むような音が部屋に響き渡る。
オルレンの剣は軍角士の標準装備であり、元力石への意思の流し込みも滑らか。
速度、威力、硬化、どれも一級品だ。それはルルテにも分かった。訓練場で見た、ナタルやリアと比べても遜色がない。むしろ、年齢を考えれば、あの2人より剣の才には愛されているかもしれない。そんな一撃だった。
対してガリンは、短剣を借りた時に、指輪で元力石を軽くなぞっただけ。
オルレンの剣に合わせて、短剣を突き出す速度も、オルレンと比べれば無様で、格好が悪い。
オルレンも同じように感じたのだろう。その顔が狂喜に歪む。
「終わりだ!」
だが・・・。
バキィィィンッ!
オルレンの剣が、ガリンの短剣が触れた部分から真っ二つに割れた。
刃先が床に落ち、乾いた音を立てる。
戦う2人・・・そして2人の戦いを見守る全員の時間が、その一瞬だけ、止まった。
そして、すべてがスローモーションのようにゆっくりと動き出した。
オルレンは呆然と、自分の手に残った半分の剣を見つめた。まるで場違いのような、この場には相応しくないオルレンの行動。
その一瞬の隙を、ガリンは逃さない。
ガリンの身体が滑るようにオルレンの懐へ入り込む。
剣を持つ手首と肩の下を同時に掴み、ガリンが身体を捻った。
オルレンの身体が宙を舞う。
ドンッ!
床に叩きつけられたオルレンが、乾いた息を吐き出した。
苦痛に顔を歪め、動けない。
ガリンは、先程短剣を構えた時と同様に、ゆっくりと、そして表情一つ変えず、刃をオルレンの首元へ突きつけた。
「切れ味を・・・自分の身体で試しますか?」
淡々とした声が、部屋の空気を凍らせる。
「そこまでっ!」
ルルテの声が響き、決闘は終わった。
地に付し、ガリンに短剣を突き付けられたオルレンは、そのまま身体を床に大の字に広げた。
「いや、参りました。姫様の御前にて、姫様の護士殿がどれほどの御方か、つい試させていただきましたが・・・父が申しておりました通り、一筋縄ではいかぬ御仁でございました。」
そのあまりに爽やかな言いように、周囲で戦いを見守っていた面々は、すっかり毒気を抜かれてしまった。粗野で挑発的だった態度がすべて演技とは思えないが、悪意からのものではなかったことは、今の声音からも感じ取れた。
ガリンが短剣を引くと、オルレンは勢いよく立ち上がり、ルルテの前まで進み出て膝をついた。顔を下げたまま、
「大変お見苦しい戦いをお見せいたしました。相手が戦士ではないと侮った私の油断とはいえ、勝負は勝負。今回は、素直に矛を収める所存にございます。」
と述べた。わずかに言い訳めいた響きはあったが、負けを認める姿勢は潔かった。
ルルテは、冷ややかな声音で告げる。
「そなたの無遠慮な振る舞いにより、我が護士は戦いを強いられたのだ。その本人に対し、謝罪の言葉はないのか。」
「それは致しかねます、姫様。私は、姫様の護士殿同様に、貴女の将来の伴侶となることを心より望んでおります。貴族がその権利を賭して決闘を挑むのは当然のこと。ゆえにこそ、姫様がこの戦いを『決闘』とおっしゃったではございませんか。」
正論であった。ルルテも頷かざるを得ない。
「確かに、そなたの言は理に適っておる。」
「そして私は、護士殿の力を侮り、敗北いたしました。ゆえに、今回は矛を収めると申し上げております。」
オルレンは、『今回は』を強調した。
「つまり、そなたは侮りさえなければ勝てる相手であると、そう考えておるのだな。」
「はい。雪辱の機会を頂ければと存じます。」
ルルテの表情から、完全に笑みが消えた。
その目の奥に、静かな怒気が宿る。声の温度が一段落ちた。
「では、もう一度ここで決闘せよ。今度は侮りなどせぬことだ。」
オルレンが驚愕に身を固くする。ガリンは、明らかに嫌そうにため息をついた。
「どうした、オルレン。雪辱の機会を与えると言っておるのだぞ。まさか、怖じ気づいたわけではあるまい。」
「い、いえ・・・しかし、先程の戦闘で身体を強く打っておりまして・・・。」
ガリンは悟った。
ルルテが、完全に堪忍袋の緒を切った。
「痴れ者が。先程、我の伴侶になりたいと申したのは戯言であったか。それとも、もとよりその気など無かったのか。」
ルルテの声は低く、鋭い。
王女としての威が、言葉の端々に宿る。
「い、いえ・・・そうではなく、日を改めていただければと・・・。」
「見苦しい。見ておれ。」
ルルテはガリンへ視線を向けた。
「ガリンよ。そなたは、我が命じるのであれば、何度でも戦ってくれるのであろう? たとえ相手が一軍であったとしても。」
ガリンは一瞬だけ困ったように眉間に眉を寄せたが、
「仰せのままに。」
と膝をついた。
その姿は、虚勢ではなく、ただ事実を述べているだけの静かな強さだった。
サラとストレバウスは、野営での戦闘を思い出す。複数の敵に囲まれながら、ガリンは一切の迷いも恐れも見せず、淡々と敵と対峙していた。その後の死体の処理のときも、それは同様だった。
あの時の光景が、2人の脳裏に鮮明に蘇る。
「見よ。この者は、一軍にも臆したりせぬわ。」
オルレンが許可なく顔を上げた。
「そ、それは虚勢にございます・・・! 一軍と対峙するなど、正気の沙汰では・・・。」
オルレンはサラとストレバウスへ視線を向け、同意を求めた。
だが、2人の目には迷いがなかった。
『ガリンならば、本当にやる。』
その確信があったのだ。
オルレンは、膝をついたまま、恐る恐るルルテを見上げる。
ルルテは、勝ち誇ったように微笑んだ。
「で、どうするのだ。そなたは我の伴侶になりたいのであろう? 我は国を治めねばならぬ。強き婿は、大いに歓迎するぞ。」
オルレンは悔しげに顔を歪め、折れた剣を握りしめた。
「本日は、お目通り叶いましたこと、誠に光栄に存じます。また改めてご挨拶に伺わせていただきたく・・・町にご滞在の間、もしお気が変わられましたら、いつでも我が屋敷へお越しいただければと・・・。」
ルルテは何も答えず、ただ冷ややかに見つめるだけだった。
そして、ふと視線を逸らし、静かに言葉を落とした。
「今回の事は、公爵には伝えぬ。伝えれば、そなたが叱責を受けるだけであろう・・・礼だけは尽くしたのだ、その分は汲んでやる。」
オルレンの肩が、わずかに震えた。
「本日のところは、これにて失礼いたします。」
オルレンは立ち上がり、踵を返して扉へ向かう。
「おい。そなたの剣の半分が転がっておるぞ。剣は戦士の魂。それを置いていくつもりか。」
ルルテの一言に、オルレンは慌てて身を屈め、折れた剣を拾い上げると、逃げるように部屋を後にした。




