はじめての町 その10 決闘
扉がノックされ、ストレバウスが開けると、そこには・・・。
整った顔立ちに、柔らかな金髪。やはり息子だけあって、エランによく似ていた。
貴族らしく、マレーン王国民の特徴でもある、ほとんど色素のない白い髪を綺麗に染め上げていた。
その青年は、背筋を伸ばし、礼儀正しく微笑んで立っていた。
「お初にお目にかかります。セルナ代官、オルレン・ウアラ・オウジシと申します。」
声は柔らかく、態度も丁寧。
だが、その視線はガリンを素通りし、まっすぐルルテへ向けられていた。
「姫様におかれましては・・・このような場所でお目にかかれるとは、光栄の至り。」
オルレンは大げさに手を広げ、その手を胸に当てると、優雅に腰を曲げ頭をさげた。
ルルテは、それを見て明らかに面倒そうに片手を上げた。
「よい。形式ばった挨拶は不要だ。用件を申せ。」
この好青年っぽい貴族を、本当に嫌いなのだなと、サラは扉の横で面白おかしそうにルルテを観察している。
ルルテは、それも気に入らなかったが、勝手にルルテの前に進み出ているオルレンからはサラは見えない。
あまりに無遠慮に笑えば、侮辱したと取られてもしょうがない。
ルルテは視線でサラに注意を促したが、サラは一向に聞く様子はなかった。
オルレンは微笑みを崩さぬまま、わずかに身を乗り出した。
「姫様ほどのお方が、このような粗末な宿にお泊まりとは・・・。どうか、私の屋敷へお移りいただければと・・・。」
ガリンが、
「粗末?」
と平坦で、少し冷たさのある声を上げる。
扉の横でサラの隣で控えていたバラクの顔が青ざめる。
オルレンは、まるでガリンの発言などなかったように、ルルテに再度屋敷に移る様に促すのだった。
ルルテの顔に危険な色が宿る。
ルルテの周囲の空気が、わずかに震えた。
ガリンは、ルルテのこの顔をよく知っていた。
「断る。我らは旅の途中だ。屋敷に移る理由はない。」
オルレンは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「ではせめて・・・姫様のお側に仕える者として、私が護衛に付きましょう。」
今度はそう言いながら、ガリンを一瞥した。
「ん?あまりに貧相で、しかも小さかったので、目に入りませんでした。そちらの方は?ああ、護士でしょうか?まだ内々とは言え、姫様の婚約者とは聞いておりますが・・・。どうにも、頼りないですね。今からでも、このオルレンが。そうだ。子供のころのように『オルン』とお呼びください。」
一気にまくしたてるオルレンに、ガリンが静かに眉間に眉を寄せた。
サラもあからさまに厳しい表情をして、扉の前から移動するそぶりを見せたが、ルルテが手で制した。
「オルレンよ。そなた、まさか、我の婚約者を侮辱しておるのか。」
「いえいえ、侮辱など・・・。ただ、姫様ほどの方には、もっと相応しい・・・。」
オルレンの声には、焦りも嘲笑もない。
ただ笑顔を浮かべて、事実を言っているだけといった自信が見えた。
ある意味で、貴族らしい。
そして、オルレンにはその自信もあったのだろう。
彼は幼い頃から「ルルテの隣に立つべきは自分だ」と周囲に言われ続けてきた。
その思い込みが、今も彼の背筋を支え、大きなうぬぼれにもなっていたのだ。
その瞬間、ルルテの鋭い声が響いた。
「黙れ。」
部屋の空気が一変した。
さすがに、オルレンの笑顔が固まる。
「そなた、我の婚約者を軽んじるということは・・・我を軽んじるということであるぞ。」
オルレンは慌てて言い訳をしようとしたが、ルルテは立ち上がり、冷ややかに告げた。
「よい。ならば、決闘で白黒つけるがよい。」
「け、決闘・・・ですか?」
ほんの少しだけ焦りが見えたオルレンの顔が、愉悦に歪む。
「そうだ。そなたが我の婚約者を侮るというなら・・・実力で示してみよ。」
オルレンはルルテのあまりの勢いに、一瞬だけ怯んだが、すぐに顔を引き締めた。
「望むところです。では・・・姫様の護士と。それは、私が勝てば、護士として認めてくれるということでしょうか。」
「勝てるのであれば、父に進言しよう。」
ルルテが、ガリンを一瞥して頷く。
「それは、ルルシャメルテーゼの名に誓ってということでよいのでしょうか?」
オルレンの確認に、ルルテが見返すように頷く。
もちろん、そのやり取りを横で見ているガリンは、深くため息をつくしかなかった。
「私ですか?」
ルルテが、ガリンの肩に手を置く。
「期待しておるぞ、我が護士。我が片翼よ。」
その『片翼』という言葉を聞いて、オルレンが馬鹿にしたような目でガリンを見る。
「男爵風情が・・・。」
ルルテは、その呟きを聞き逃しはしない。
何も言わず、その目に冷たい色をたたえ、ただ、小さく笑った。
「殺すでないぞ。エランに怒られるでな。」
その言葉を聞いたオルレンが、明らかに顔を曇らせた。
ガリンは眉間に眉を寄せたまま、静かに頷くのだった。
決闘の場所をどうするかという話になった時、ルルテは面倒そうに手を振った。
「ここでやれば良い。」
あまりに当然のように言い放つので、サラが思わず目を丸くする。
ルルテはバラクに視線を向けた。
「宿の許可を取ってきてくれぬか。」
ルルテの言葉はその物言いは丁寧であったが、反論を許さない、そんな雰囲気をたたえていた。
「は、はいっ・・・!」
当然、普通の人間であれば、この威圧感には太刀打ちはできない。
バラクは慌てて部屋を飛び出していくのだった。
サラとストレバウスは、結局使わなかった机といすを部屋の端へ寄せ始めた。
机が端に寄せられるたび、木の軋む音がやけに大きく響いた。
ルルテは部屋の隅に移動し、サラとストレバウスが自然とその前に立つ形になる。
場が整うと、ガリンとオルレンは、部屋の中央で向かい合った。
ガリンはサラに手を伸ばす。
「短剣を貸してくれますか。」
「おいおい。相手はロングソードさね。こんな小さな短剣で、大丈夫かい・・・?」
サラは呆れながらも短剣を渡した。
サラはガリンの強さを知っていたが、それはあくまでも文様術を使った強さである。
確かに、野営で襲撃を受けた後、あの商人の意識を刈り取った手刀は見事だった。ただ、それだけでは、さすがのサラでもガリンの文様術以外の強さはわからない。普段のガリンを見ていれば、とても武芸に秀でているようにはみえないのも事実だ。それでも、この場で何を言っても、決闘は止まらないだろう。そして、ガリンは既に戦うことを決めていた。
ガリンは眉間に眉を寄せたまま、サラから借りた短剣の元力石を指輪で軽くなぞる。
その仕草は、まるで深呼吸のように静かだった。




